競馬のはなし

最後の大勝負で30万負けた日の話

無くすのは一瞬30万稼ぐのは大変だが、30万無くすのは一瞬である。今日、それを自ら経験した私の敗因は何だったか。とりあえず、検討してみよう。朝から京都競馬場。近いのでそこに行くまでは1時間とかからないのだが、その1時間でスマホを使い競輪も競...
ダービー馬列伝

第11回日本ダービー馬「ミナミホマレ」

良血馬第11回日本ダービーの勝ち馬であるミナミホマレは、1939年3月31日小岩井農場で産まれた父プリメロ母フロリストという良血馬だった。小岩井農場で行われたセリにおいて、4万円という高額で競り落とされている。一年前のダービーを制した三冠馬...
競馬のはなし

競馬があって良かった(競馬文化の魅力と楽しみ方の多様性を探る)

競馬は文化「不倫は文化」だと言った芸能人がいたが、実際、不倫を「文化」と言ってしまうのはいかがなものであろうか。一方で「競馬が文化」であるというのは世界の常識であり、それに間違いはない。しかし、まだまだ日本では浸透していないと見受けられ、競...
ダービー馬列伝

第10回日本ダービー馬「セントライト」

初の三冠馬第10回の日本ダービーは、前夜からの雨の影響もあって重馬場のなか1941年5月18に行われた。1番人気は、シアンモア産駒のミナミモア。セントライトは、クラシック初戦の横浜農林省賞典四歳呼馬(今の皐月賞)でそのミナミモアを破っている...
ダービー馬列伝

第9回日本ダービー馬「イエリユウ」

当時の日本の状況第9回の日本ダービーは、1940年6月2日に晴天のなか行われた。競馬人気、特に日本ダービーの人気は年々高まっており、当日は東京競馬場に5万6507人という当時の入場記録を更新する賑わいとなった。当時の世情はというと、前年の1...
ダービー馬列伝

第8回日本ダービー馬「クモハタ」

第1回顕彰馬第8回日本ダービー馬「クモハタ」は、ダービー馬であることや競走馬として良好(決して優秀とまでは言えない)な成績を残したことではなく、優秀な種牡馬であることで著名な馬である。その類い稀なる功績を称え、日本史上初の三冠馬であるセント...
ダービー馬列伝

第7回日本ダービー馬「スゲヌマ」

二大種牡馬対決第7回日本ダービーは、1938年5月29日に東京競馬場で行われた。それまでの第1回~第6回は4月に行われていたが、若駒の発育状況に鑑み5月に変更されたもので、この第7回よりこの時期(5月最終週又は6月第一週)に行われることにな...
ダービー馬列伝

第6回日本ダービー馬「ヒサトモ」

デビューまで1937年4月29日、数えて第6回になる日本ダービーが行われたが、この第6回が4月に行われた最後の日本ダービーである。なお、第7回以降は全て5月又は6月に施行されている。また、過去5回の日本ダービーは全て不良馬場で行われているが...
ダービー馬列伝

第5回日本ダービー馬「トクマサ」

レース前の状況第5回の日本ダービー(東京優駿大競走)は、曇天であったが前日からの雨の影響でまたしても稍不良馬場でのレースとなった。これで創設以来5年連続での道悪での開催である。出走するメンバーについては、今までの4回とは違って第5回日本ダー...
ダービー馬列伝

第4回日本ダービー馬「ガヴアナー」

二大種牡馬とライバル生産者の対決ネットなどで検索すると「ガヴアナー」と「ガヴァナー」の両方が出てくるが、これは当時の表記が小さい「ァィゥェォ」は使わず、大きい「アイウエオ」だけを使っていたことによる。よって、当時の表記に従うと「ガヴアナー」...