馬名と冠名

ああ、懐かしき日本競馬の冠名

名馬に見る世界の名付け「競馬はブラッドスポーツである」という言葉があるように、競馬において血統はその根幹を成す重要な要素であり、他のスポーツやギャンブルにはない大きな魅力となっている。血統表とにらめっこして、最良のサラブレッドが生まれるべく...
競馬のはなし

昔の阪神競馬場の話(平成元年~平成2年頃)

改装前の阪神競馬場中央競馬から始めた私が初めて行った競馬場は、阪神競馬場である。今の綺麗な改装後の阪神ではなく、まだゴリゴリの鉄火場の雰囲気を残した寒い寒い(有馬記念の時のイメージが強いので寒い)、おっさんの戦場だった頃の話である。寒さと負...
ダービー馬列伝

第21回日本ダービー馬「ゴールデンウエーブ」

日本ダービーまで1954年の第21回日本ダービーを勝ったのは、12番人気という人気薄のゴールデンウエーブだった。ゴールデンウエーブは当初ネンタカラという名前で地方競馬の大井競馬場に所属しており、そこで全日本三才優駿を勝つなど11戦6勝の成績...
ダービー馬列伝

第22回日本ダービー馬「オートキツ」

オートキツとトキツオー1955年5月29日に行われた第22回日本ダービーを勝ったのは、「雨の月友」と言われ多くの産駒が重馬場で活躍した月友を父に、皐月賞・オークスという変則2冠を制し、オートキツ(日本ダービー)、オンワードゼア(天皇賞・春、...
名馬列伝

意外性の男、ナカヤマフェスタ

夢の凱旋門賞競馬界の「レジェンド」武豊が大目標とし常々「勝ちたい」と言っている凱旋門賞。あのディープインパクトでも3着(後に失格)だったように、数々の日本最強馬たちが挑戦するものの、2025年9月現在いまだ日本馬が勝てないでいるレースである...
名馬列伝

富士山剣山(フジヤマケンザン)

1991年の菊花賞古い話で申し訳ないが、今(2026年)を遡ること35年前の1991年の菊花賞の話をしたい。本当なら、皐月賞とダービーを勝ったトウカイテイオーが主役となるはずだったが、怪我で不在というレースだった。1番人気は阪神3歳Sの覇者...
競馬のはなし

地方競馬の魅力

地方競馬の売上日本の公営ギャンブルは、競馬・競艇・競輪・オートレースの4つであるが、国が全額を出資する特殊法人「日本中央競馬会」が主催する中央競馬以外は、全て地方自治体又は地方自治法により組織された事務組合が主催している。よって、競馬だけが...
ダービー馬列伝

第20回日本ダービー馬「ボストニアン」

名前の由来は「ボストン市民」第20回の日本ダービーを勝った馬の名前は「ボストニアン」というが、1953年(昭和28年)という頃にしては珍しい洋風な名前である。それまでに19回行われた日本ダービーで、そのような洋風な名前は第3回フレーモア、第...
競馬のはなし

平成元年のホースレース

第二次競馬ブーム平成元年から競馬を始めた私の話だから、ハイセイコーの第一次競馬ブームではなく、オグリキャップと武豊の作った第二次競馬ブームのころの話である。平成元年というと、ちょうどオグリキャップが前年の有馬記念を勝ったのち休養していた頃で...
競馬のはなし

撲滅が難しいのは分かるが、許せない、それが「八百長」

八百長とは八百長とは、「故意に負けることによって利益を得る」という、いかなる競技にあってもあってはならない行為である。特に、公平性の裏付けがあってこそ成立する公営ギャンブルにとっては、客の信頼を損ねる最も卑劣な行為であり、根幹から自己否定す...