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	<title>競馬のはなし</title>
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	<description>競馬に関する色々な話</description>
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		<title>宮城昌康氏とAB-XY馬券</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Dec 2025 10:13:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[競馬のはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[AB-XY馬券 宮城昌康氏を知らなくても、AB-XY馬券は聞いたことがあるという人も多いのでないだろうか。そういう私もリアルタイムでは宮城氏の事は知らず（AB-XY馬券は聞いたことがあった。）、私が競馬を始めた平成元年あ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading"><strong>AB-XY馬券</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph">宮城昌康氏を知らなくても、AB-XY馬券は聞いたことがあるという人も多いのでないだろうか。そういう私もリアルタイムでは宮城氏の事は知らず（AB-XY馬券は聞いたことがあった。）、私が競馬を始めた平成元年あたりでは既に伝説の存在であり、逆に言えば既に忘れられた存在とも言える状況であった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それもそのはず、宮城氏は昭和56年（1981年）に予想会社を立ち上げるやいなや失踪していまい、平成元年（1981年）に人知れず亡くなっていたようだ。 ｢宮城昌康｣で検索してもWikipediaにその項目が無いのも寂しいが、｢予想（競馬）｣の項目に、スピード指数やタカモト方式と並んで主な競馬予想理論としてAB-XY方式が取り上げられているのは少し嬉しく思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ネットで｢宮城昌康｣を検索すると、検索上位に｢料理記者歴40年｣の岸朝子が何で出てくるのかと思ったら、なんと宮城氏は岸朝子の弟だったのには驚いた。しかし「料理の鉄人｣面白かったなあ。もうあんな番組はできないのだろうか。何かとうるさい世の中だから、食材が無駄だとかクレームでもあるのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>AB-XY馬券とは</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph">さて、本題のAB-XY馬券である。この必勝法は枠連しかなかったの頃のものなので、枠連が基本となる。その方法とは、人気枠のABと人気薄枠のXYを組み合わせて買う買い方で、買い目はAX,AY,BX,BYとなる。 先日の2018年宝塚記念なら、サトノダイヤモンドのいる2枠とキセキの8枠をABとし、人気薄で狙いたいノーブルマーズの1枠とワーザーの7枠をXYとし、枠連の12,27,18,78を買うのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">人気同士の枠連2-8は安すぎるし、人気薄同士の枠連1-8は来る可能性が低いので買わない。ということだろう。ちなみに結果は枠連27で決まり2,110円ついたから、大幅プラスである。（サトノダイヤモンドが来ずに、代用品で決まったのはご愛敬。）</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、これも枠連であるが、A-Z方式といって1番人気のある枠と最も人気の無い枠の組み合わせで買う方式もあり、こちらは回収率が100%を超えるらしい。 馬券の種類が増えた現代の競馬は、予想もさながら馬券の買い方が重要である。枠連の時代は、買い方といえばボックスか流ししかなく、そんな時代に買い方という観点から予想方式を唱えた宮城氏の思考能力は、やはり当時飛び抜けていたのだと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかし、宮城氏の時代とは違い馬券は複雑になり、さらに買い方には工夫が必要となる。よって、当時は存在しなかった3連複や3連単を買う場合は、氏の提唱するAB-XY方式の考え方に更なる工夫が必要となる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>AB-XY馬券の応用&nbsp;</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph">そこで私が三日三晩寝ながら考えたのが、AB-JK-XY方式である。これは3連系馬券の買い方を示すもので、3連単又は3連複のフォーメーションのいわゆる1列目に人気（本命対抗）のAB、2列目に次点のJK（単穴連下）、3列目にXY（穴、注あたり）をおく買い方である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">実は、個人馬券での最高配当をこの方式で当てている。レースは平場だったので馬の名前も何も覚えていないが、買い方だけはハッキリと覚えている。3連単で単勝オッズの123番人気→456番人気→789番人気のフォーメーション27点買いである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これが、3番人気→5番人気→9番くらいで決まって３連単は30万くらいついたように思う。最高配当が予想して買ったものじゃないのはちょっと情けないが、逆にいうと予想してこのレベルの配当を当てるのは実際難しいんじゃないかとも思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その時はAB-JK-XY方式で買うという意識はなく、なんとなくそうやって買ってみた結果だったのだが、きちんと予想もした上でこのAB-JK-XY方式を馬券に反映させることを意識することが大事なのだろう。</p>
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		<title>第19回日本ダービー馬「クリノハナ」</title>
		<link>https://goshisyo.com/derby-19/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 07 Jul 2026 08:50:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ダービー馬列伝]]></category>
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					<description><![CDATA[名門に入厩した良血馬 1952年の第19回日本ダービーを制したのは、大東牧場で産まれた「クリノハナ」である。馬主は全日本馬主協会連合会（現、日本馬主協会連合会）の初代会長などを務めた「ミスター・ケイバ」こと栗林友二で、馬 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">名門に入厩した良血馬</h2>



<p class="wp-block-paragraph">1952年の第19回日本ダービーを制したのは、大東牧場で産まれた「クリノハナ」である。馬主は全日本馬主協会連合会（現、日本馬主協会連合会）の初代会長などを務めた「ミスター・ケイバ」こと栗林友二で、馬主として既に第12回（1943年）日本ダービーを無敗の名牝クリフジで勝利している。<br><br>クリノハナを生産した大東牧場もこの栗林友二の持ちものであって、日本においてオーナーブリーダーという存在を確立した人物と言われている。なお、息子である栗林英雄も馬主となっており、悲運の名馬として知られるライスシャワー（1992年菊花賞、1993年天皇賞・春、1995年天皇賞・春）の馬主として知られている。<br><br>クリノハナの父プリメロは、大レースに強いと評判だった当時の日本を代表する種牡馬で、それまで既にミナミホマレ、タチカゼ、クモノハナと既に３頭もの日本ダービー馬を輩出していた。母オホヒカリは競走馬として10勝、1947年の天皇賞・秋で2着するなどの活躍をした強い牝馬だった。なお、ライスシャワーはこのオホヒカリの４代孫である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">皐月賞を制し日本ダービーへ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">関東の名門・尾形藤吉厩舎に入厩したクリノハナは、3月10日という遅いデビューとなった。その初戦となる新馬戦では2番人気ながらも優勝し、そこから一か月の間に3連勝して皐月賞に挑む。皐月賞では4番人気とだったが、レースでは後方待機策から最後の直線で一気に追い込み、同厩舎の牝馬・タカハタとの競り合いをクビ差制して優勝する。<br><br>次は最大の目標となる日本ダービーだが、その前に本番を見据えたオープン戦で今までの後方一気ではなく先行策を試すこととなった。ここで牝馬レダの3着となり、初の敗戦を喫してしまう。この敗戦が響いたのか、迎えた日本ダービーでは皐月賞馬にもかかわらず3番人気となる。なお、1番人気は皐月賞で叩き合ったタカハタであった。<br><br>なお、この年の日本ダービーは強い牝馬が集まり、後に通算26勝するタカハタ、天皇賞に優勝するレダ・クインナルビー、さらにこれらを破り二冠牝馬となるスウヰイスーなどが出走しており、これがクリノハナの人気を落とした原因にもなっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本ダービーを優勝</h2>



<p class="wp-block-paragraph">スタートすると、デビューから手綱を取る八木沢勝美騎手は、前走で試したとおり先行策を取り4番手に付けると、そのまま第4コーナーを迎え直線入り口ではクリノハナが先頭となる。その外からタカハタが馬体を併せてくると、またしても皐月賞と同じ二頭の競り合いとなる。最後はゴール直前でクリノハナがクビ差抜けだし優勝する。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-video is-provider-youtube wp-block-embed-youtube wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe title="第19回【日本ダービー】クリノハナ 1952年5月25日（昭和27年）東京優駿" width="1256" height="707" src="https://www.youtube.com/embed/X8t367e11YQ?start=2&amp;feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
</div></figure>



<p class="wp-block-paragraph">これで前年のトキノミノルに続く、史上5頭目のクラシック二冠となった。なお、皐月賞の勝利がデビュー48日目、この日本ダービーでの勝利が77日目であったが、ともに戦後最短となる記録であった。あとはセントライト以来の三冠なるか期待されるところ、それにしても前途洋々であったはずのクリノハナだったが・・・<br><br>秋初戦のオープン戦は、ライバル「タカハタ」との2頭立てのマッチレースとなったが、ここで大差負けを喫する。その後4戦して勝つ事は能わず、菊花賞を目指して調整中に脚を痛め出走を断念する。種牡馬となっても腰ふら（腰麻痺）となるなど人気を落とすも、3頭の天皇賞馬を輩出し、長距離に強い内国産有力種牡馬の1頭となった。不思議な馬だった。</p>


<a target="_self" href="https://goshisyo.com/derby-20/" title="第20回日本ダービー馬「ボストニアン」" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img decoding="async" width="160" height="90" src="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-160x90.jpg" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-160x90.jpg 160w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-120x68.jpg 120w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-320x180.jpg 320w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">第20回日本ダービー馬「ボストニアン」</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">名前の由来は「ボストン市民」第20回の日本ダービーを勝った馬の名前は「ボストニアン」というが、1953年（昭和28年）という頃にしては珍しい洋風な名前である。それまでに19回行われた日本ダービーで、そのような洋風な名前は第3回フレーモア、第&#8230;</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://goshisyo.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">goshisyo.com</div></div><div class="blogcard-date internal-blogcard-date"><div class="blogcard-post-date internal-blogcard-post-date">2026.07.09</div></div></div></div></a>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>第20回日本ダービー馬「ボストニアン」</title>
		<link>https://goshisyo.com/derby-20/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Jul 2026 10:41:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ダービー馬列伝]]></category>
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					<description><![CDATA[名前の由来は「ボストン市民」 第20回の日本ダービーを勝った馬の名前は「ボストニアン」というが、1953年（昭和28年）という頃にしては珍しい洋風な名前である。それまでに19回行われた日本ダービーで、そのような洋風な名前 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">名前の由来は「ボストン市民」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">第20回の日本ダービーを勝った馬の名前は「ボストニアン」というが、1953年（昭和28年）という頃にしては珍しい洋風な名前である。それまでに19回行われた日本ダービーで、そのような洋風な名前は第3回フレーモア、第4回ガヴァナー、第10回セントライトの3頭だけである。<br><br>令和の今や「ヴ」とか「ヴェ」が混ざった聞いたこと無いような外国語だらけになっている競走馬だが、当時は過去3年の日本ダービー馬をみても「クモノハナ、トキノミノル、クリノハナ」などという漢字でも書けそうな名前がほとんどである。なお、有名な話だがトキノミノルは改名しており、初戦はパーフェクトという名前だった。<br><br>「ボストニアン」と聞くとゲーマーだった私などは、どうしてもナムコの名作「ボスコニアン」を思い出す。1981年にアーケードゲームとして発売されたシューティングゲームで当時では珍しい「ブラストオフ！」などと喋るゲームとして有名だった。<br><br>この「ボスコニアン」というゲームの名前は、アニメ化もされたSF小説「レンズマン」に登場する「宇宙海賊ボスコーン」が由来という。一方「ボストニアン」は何なのかというと、アメリカ・マサチューセッツ州の州都であり最大の都市でもあるボストン、そこに住むボストン市民の愛称「Bostonian」のことだ。<br><br>何でそんな名前をつけたのかというと、公式には馬主は岡本治一とされているが、本当の馬主はボストン生まれのアメリカ人だからということらしい。いわゆる名義貸しということになるが、日本ダービー当時の成績表に堂々とその旨が書かれていたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">２冠を達成する</h2>



<p class="wp-block-paragraph">父セフトは、1947年～1951年まで5年連続でリーディングサイアーとなった名種牡馬である。産駒は牝馬に活躍馬が多いところ、牡馬の代表産駒は第18回日本ダービー馬にして無敗の2冠馬トキノミノルと、種牡馬として最後の世代となるこのボストニアンがそれに続く。<br><br>デビューから順調に勝ちを重ねたボストニアンは、7番人気という低評価だったが関西馬初となる皐月賞での勝利を収め、続くダービートライアルNHK杯をも制する。なお、NHK杯（当時の名前はNHK盃）はこの年に創設されたレースであり、ボストニアンはその初代王者ということになる。<br><br>NHK杯はその後1996年からはNHKマイル（G1）へと姿を変えているが、それまではダービートライアルとして重要な位置を占める名物レースだった。この年（1953年）のテレビ放送開始に合わせ、NHKは日本ダービーの中継を計画したが、その際にトライアルレースとしてNHKの冠名を付したレースの設置を目論（もくろ）んだ。<br><br>これは日本ダービーの出走馬の成績がメディアで取り上げられた際に、NHKの名の入ったレース名が呼ばれることを狙ったものであった。そして競馬会も、NHKから優勝カップを用意することを約束され、トライアルレースを設置することで日本ダービーへの注目が高まると踏んだことで実現したものである。<br><br>レースは史上最多の33頭が出走（当初35頭だったが、当日2頭取り消した。）したが、うち3頭が落馬するという大混戦となった。1番人気に押されていたボストニアンは、追い込んできたダイサンホウシユウに2馬身の差をつけ優勝し二冠を達成する。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-video is-provider-youtube wp-block-embed-youtube wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="第20回【日本ダービー】ボストニアン 1953年5月24日（昭和28年）東京優駿" width="1256" height="707" src="https://www.youtube.com/embed/Ff6oYZ4E1OA?start=19&amp;feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
</div></figure>



<h2 class="wp-block-heading">日本ダービー後のボストニアン</h2>



<p class="wp-block-paragraph">日本ダービーを勝ったボストニアンは、セントライト以来12年ぶりとなるクラシック三冠に挑戦する。なお、日本ダービーでボストニアンに騎乗した蛯名武五郎騎手は、2歳下になる保田隆芳と共に関東の二大騎手として長く活躍した大騎手だが、この日本ダービーを1番人気で勝利した喜びは強く男泣きに泣いたと言われている。<br><br>日本ダービー後の休養から復帰したボストニアンは3連勝し、都合8連勝して三冠最後のレース菊花賞に挑む。復帰後の3連勝には皐月賞2着馬のハクリヨウ、日本ダービー2着馬のダイサンホウシユウに勝利したレースも含まれており、三冠は間違いなしと言われていた。<br><br>しかし、本番の菊花賞では皐月賞2着のハクリヨウに3馬身半差をつけられて敗れてしまう。翌年の天皇賞でもこのハクリヨウに6馬身差で負けていることから、距離が長かったことも一因であろうが、二冠を達成した蛯名武五郎騎手から関西の佐藤勇騎手に乗り替わっていること（休養後の復帰戦から）も原因かもしれない。<br><br>佐藤勇騎手も、今でいうG1級レースである八大競走を3勝、中央競馬史上初めての通算500勝を記録した関西の名騎手であるが、馬が関西に戻ったからといって二冠でともに騎乗した関東の名騎手を降ろすというのも今では考えられない。<br><br>その後はそこそこの活躍はみせるも、天皇賞でハクリヨウに負けるなど大きな活躍はできなかった。トキノミノルが早逝したこともあり、セフトの後継種牡馬として期待されたが、産駒は全く走らなかった。一方のライバルだったハクリヨウは皐月賞馬ヤマノオー、桜花賞馬シーエースを輩出するなど内国産種牡馬暗黒時代到来前の最後の輝きといわれるほど成功した。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>鶴丸と「ツルマルミマタオー」</title>
		<link>https://goshisyo.com/tsurumaru/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 14 Jan 2026 12:37:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[名馬列伝]]></category>
		<category><![CDATA[馬名と冠名]]></category>
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					<description><![CDATA[漢字にできる馬名 戦後期の日本競馬を代表する競走馬シンザン。クラシック三冠を制し、その後も当時のG1級レースである宝塚記念、天皇賞（秋）、有馬記念を全て勝った名馬である。引退までの19戦全てのレースで連対（19戦15勝、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">漢字にできる馬名</h2>



<p class="wp-block-paragraph">戦後期の日本競馬を代表する競走馬シンザン。クラシック三冠を制し、その後も当時のG1級レースである宝塚記念、天皇賞（秋）、有馬記念を全て勝った名馬である。引退までの19戦全てのレースで連対（19戦15勝、2着4回）しているが、これは未だ破られていない連続連対数の中央競馬レコードである。<br><br>なお、連続連対数の2位はビワハヤヒデの15連続。連対率100%となると、12連続のダイワスカーレットがシンザンに次ぐ2位となる。ちなみに、ビワハヤヒデは引退レースとなった天皇賞（秋）の5着だけが連対できなかったレースである。<br><br>シンザンの名前は、名づけを依頼された武田文吾調教師の孫である「栗田伸一」から取った「伸山」からきているが、その成績から新聞などでは「神山」などと書かれたという。一方、タスティエーラやクロワデュノールといった最近のダービー馬などは、そうやって漢字にするのは難しいだろう。<br><br>ただ、タスティエーラはイタリア語の「キーボード」だから「鍵盤」か「鍵盤楽器」、クロワデュノールはフランス語の「北十字星」だから漢字にできなくもない。しかし、見ただけで漢字が思い浮かんだり、当て字ができる名前は、私のようなオールドファンにはたまらないし懐かしい。</p>



<h2 class="wp-block-heading">鶴丸三股王</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「鶴丸三股王」と書くとまるで古墳から出土された刀剣にでも書かれた感のある、まるで王様の名前のようだが、私の年代（1969年生まれ）の競馬ファンならこれが「ツルマルミマタオー」というクラシックを沸かせた名馬がすぐに頭に浮かぶはずだ。<br><br>ツルマルミマタオーは、1989年にデビュー戦となる新馬戦を勝ち、続く小倉3歳Sでは9着と大敗するも、野路菊S（OP）ともみじS（OP）を連勝し、阪神3歳S（GI）で1番人気（3着）となった関西の期待の星であった。その勇猛な名前や後方から一気に追い込む脚質などもあって、成績以上に人気のある馬だった。<br><br>馬名は冠名である「ツルマル」に、馬主である鶴田任男（つるたたかお）と調教師の橋口弘次郎の出身地である宮崎県三股町（みまたちょう）の「ミマタ」からつけたという。地元である「三股町」の名前を全国に広めようということから付けたというが、ツルマルミマタオーはその期待に応える活躍をみせる。<br><br>クラシックを勝つことはできなかったが、三冠レース全てに出走し、皐月賞9着、ダービー4着、菊花賞5着と全て一桁着順だったのは立派である。弥生賞では、後に宝塚記念を勝ちオグリキャップの引退レースでの「ライアン！」（大川慶次郎）でも有名になった、メジロライアンの2着と善戦している。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-rich wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="1989年 阪神3歳ステークス（GⅠ） | コガネタイフウ | JRA公式" width="1256" height="707" src="https://www.youtube.com/embed/fKyptrm9Rwo?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
</div></figure>



<h2 class="wp-block-heading">グリーングラス産駒</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ツルマルミマタオーは、元祖３強のＴＴＧの一角であるグリーングラスの産駒であったことも人気の一端であった。グリーングラスの代表産駒といえば、京王杯オータムH、CBC賞を勝ったトシグリーンか、金杯とAJCCを連勝したトウショウファルコといったところだろうか。<br><br>獲得賞金もこの2頭がワンツーで3番手がこのツルマルミマタオーであるが、怪我さえ無ければツルマルミマタオーがG1を勝ち、代表産駒になっていたかもしれない。トシグリーンとトウショウファルコは長く活躍したが、ツルマルミマタオーは菊花賞の後に屈腱炎を発症し、その後2戦して引退している。<br><br>気性にも問題があったツルマルミマタオーは、古馬になってレース慣れし晩成タイプであるグリーングラスの成長力も伴えば、かなり活躍できたはずだ。掲示板などでは「ギャロップレーサーでは簡単にG1を勝てる馬」という書き込みも多いが、それだけ強いパラメータが設定されていることからも、「強い馬」と認められていたことが分かる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「ツルマル」の馬たち</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ツルマルミマタオーは惜しくも重賞を勝つことはできなかったが、「ツルマル」の冠名馬では「ツルマルボーイ」がG1安田記念（2004年、他に2002年金鯱賞、2002年中京記念）を勝ち、ツルマルガール（1994年朝日チャレンジカップ）、ツルマルガイセン（1998年中日新聞杯、カブトヤマ記念）、ツルマルツヨシ（1999年朝日チャレンジカップ、京都大賞典）、ツルマルレオン（2013年北九州記念）が重賞勝ちを収めている。<br><br>今や見ることは無くなったが、「ツルマル」の馬は前記重賞勝ちした馬だけでなく毎年のように重賞を賑わす馬を輩出しており、関西ではかなり著名な冠名であった。親の名前を由来としないなど冠名そのものの是非を問われることもあるが、「一族」などと言われる冠名、それも「鶴丸」のようなベタベタの日本語冠名も興があっていい。<br><br>なかでも和名の王といった風格のある「鶴丸三股王」レベルの名前が、クラシックやG1を賑わせてくれると楽しい。「オルフェーブル」とか「イクイノックス」なんてのもいいが、「クロフネ」や「キズナ」といった和風の馬名って、なんかカッコよくて応援したくなる。<br><br>ダービーは2013年のキズナ以来、もう10年以上和名馬が勝っていない。その前となると1995年の「タヤスツヨシ」まで遡らなくてはいけない。さらにその前は「トウカイテイオー」である。「東海帝王」やっぱりかっこいい。今年のダービーあたり、和名馬が出ていたら狙ってみようかな。</p>
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		<title>競馬の魅力について</title>
		<link>https://goshisyo.com/chihou-keiba/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 04 Nov 2025 11:52:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[競馬のはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[3競オート ご存じの通り、我が日本の国では決められたいくつかの競技しか賭けとして認められていない。ひとつは「宝くじ」で、これには「toto」というサッカーくじも含まれる。 もうひとつが公営競技で、俗に「3競オート」と言わ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">3競オート</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ご存じの通り、我が日本の国では決められたいくつかの競技しか賭けとして認められていない。ひとつは「宝くじ」で、これには「toto」というサッカーくじも含まれる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もうひとつが公営競技で、俗に「3競オート」と言われる「競馬、競艇、競輪の3競」と「オートレース」の4つであり、そのうち競馬は、国の主催する「中央競馬」と自治体の主催する「地方競馬」に分けられる。（他の3つは地方自治体が主催している。）</p>



<p class="wp-block-paragraph">ざっくりだが、売り上げやマスコミの取り上げ方などからすると、中央競馬、競艇、地方競馬、競輪、オートレースの順に人気があるといった感じだが、なかでも、やや中央競馬が頭ひとつ抜けていると思われる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">競馬の魅力</h2>



<p class="wp-block-paragraph">競馬（なお、私の馬券歴は35年）のいいところ、それはなんと言っても馬、そして競馬場そのものの美しさだろう。晴れた空の青、芝生の緑、スタンドの白、そして最も美しいと言われる動物であるサラブレッド。</p>



<p class="wp-block-paragraph">朝一番、競馬場に足を踏み入れ、空を見上げる時、いつも思う。世界にこんな素晴らしい場所が他にあるかと。走るためだけに生きてきた（人間のエゴだという人もいるが。）、無垢な競走馬の目を見ると、汚れきった自分が浄化された気持ちになる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">映画やドラマ、なんならちょっとした漫画の一コマでも泣いてしまう涙腺の弱い（歳いって特にひどくなった）私だが、震えるほど泣いたのはオグリキャップの引退レースが一番だし、もう二度とあそこまで打ち震えることはないと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">博打としては、やはり高配当と当たった時の爽快感だろう。WIN5まで行くと宝くじと変わらないが、10万とか100万という馬券は頻出するし、当てられないことはない。知り合いでもちょくちょく10万を超える馬券を当てた話は、いくつか聞いている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">凄まじい追い込みが決まった時の快感（デュランダルとかね）、逃げて差されそうになって残った時の力の入り方（息を殺してというか、息が止まってる。そして、ゴール後プハーッとなる。）は最後の直線が長い分、他の競技より快感が強い。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地方競馬の魅力</h2>



<p class="wp-block-paragraph">地方競馬にはまた違った良さがあり、私は園田と大井くらいしか行ったことがないが、特に園田競馬ではカルチャーショックを受けるほどの体験をした。なかでも一番驚いたのが、かなり昔の話なので、今はそこまで酷くはないかもしれないが、これ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">パドック、見ているのはサボリーマンとホームレスっぽいジジイと私の三人。他の二人は馬ではなく、違う何かを見つめているから、実質パドックを見ているは私ひとり。で、中央競馬のパドックは、まるで面接に来た就活生のようにみんなパリッとしているが、こちらは建設現場の足場を組む兄ちゃんの群れのよう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なかでも一頭、ロバか牛かと見紛うようなボサボサでデブデブの馬を発見。中央からの転厩で、馬体重は中央にいた頃からなんとプラス40kg。これにはホントにびっくりしたが、その馬が圧勝したのにはもっと驚いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いや、中央も地方もどっちも楽しい。競馬は死ぬまで続けるつもりだし、もう「あと何回ダービーを見られるか。」というのが、人生の目標というか、指標になっている。競馬のある世界に生まれて良かった。</p>
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		<title>競馬と税金その１（競馬の配当に税金はかかる？）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 05 Nov 2025 10:16:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[競馬のはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[競馬にかかる税金 競馬で大穴が当たり、1万円が1,000万円になった！なんて夢の話みたいだが、もし本当にそうなった場合、税金はかかるのだろうか。結論から言うと1年間での儲けが90万円（給与所得者以外の場合、50万円）を超 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">競馬にかかる税金</h2>



<p class="wp-block-paragraph">競馬で大穴が当たり、1万円が1,000万円になった！なんて夢の話みたいだが、もし本当にそうなった場合、税金はかかるのだろうか。結論から言うと1年間での儲けが90万円（給与所得者以外の場合、50万円）を超える場合は、税金がかかり確定申告が必要となる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">よって、この場合儲けた999万円に対して税金がかかることになる。細かい税金の額は、元の年収や保険料の控除額によって変わるのだが、年収400万で一般的な控除額として計算すると120万くらいになる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ここで気を付けないといけないのが、この「儲けた額」を算定するのに外れた馬券はカウントされないので、1レース目に1万円が1,000万になり、2レース目でその1,000万円を全部賭けて当たらなかった場合、損失は都合マイナス1万円となるが、外れた2レース目はカウントしないため、1レース目の儲け999万円に対して120万程度の税金がかかるということ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">どう考えてもおかしいのだが、これが今の日本の競馬の税金にかかる現状である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一時所得と雑所得</h2>



<p class="wp-block-paragraph">なぜこんな事になるかと言うと、今の日本では競馬での払戻が「一時所得」とされるからである。これが「雑所得」であれば外れ馬券もカウントされるのであるが、いまのところ、ほぼ全てのレースで馬券を購入する等とんでもない条件が必要なので、ほぼ100%の場合が一時所得とされ、年間通して負けていても税金を払わなければならないという理不尽が起こる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例えば、1年の開催日が100日として、1日に24レース、1レースに1万円賭け、仮に1日に2レース当たって払戻が1レースにつき5万円だった場合、年間で2,400万円賭けて払戻が1,000万円となり、1,400万円の大負けとなるが、はずれ馬券を損失としないので、当たり馬券のみの儲け800万円が課税対象となる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この場合、年収400万として100万円近い税金を支払うことになる。ちなみに、WIN5で4億円当たった場合、おおよそ1億円は税金として持っていかれる。また、競馬には馬券を買った時点で控除される国庫納付金が10%あり、名目は国庫納付金とされているが実質は税金のため、二重課税の疑惑もある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こんな酷い税制であるが、こと博奕に関しては市民から忌み嫌われているのか、是正を求める声は上がってこない。</p>


<a target="_self" href="https://goshisyo.com/tax-2/" title="競馬と税金その２（競馬は博奕でFXは投資？）" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img loading="lazy" decoding="async" width="160" height="90" src="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-160x90.jpg" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-160x90.jpg 160w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-300x169.jpg 300w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-120x68.jpg 120w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-320x180.jpg 320w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640.jpg 640w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">競馬と税金その２（競馬は博奕でFXは投資？）</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">博奕と投資私は競馬は当然として、FXや株もやったことがある。一般的には競馬は博奕で、FXや株は投資という事になっている。確かに、競馬とFX等では基本的な構造は違う。まずは競馬だが、こちらは買われた馬券代を集めて、当たった人に配当するパリミュ&#8230;</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://goshisyo.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">goshisyo.com</div></div><div class="blogcard-date internal-blogcard-date"><div class="blogcard-post-date internal-blogcard-post-date">2025.11.05</div></div></div></div></a>]]></content:encoded>
					
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		<title>競馬と税金その２（競馬は博奕でFXは投資？）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 05 Nov 2025 10:19:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[競馬のはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[博奕と投資 私は競馬は当然として、FXや株もやったことがある。一般的には競馬は博奕で、FXや株は投資という事になっている。確かに、競馬とFX等では基本的な構造は違う。まずは競馬だが、こちらは買われた馬券代を集めて、当たっ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">博奕と投資</h2>



<p class="wp-block-paragraph">私は競馬は当然として、FXや株もやったことがある。一般的には競馬は博奕で、FXや株は投資という事になっている。確かに、競馬とFX等では基本的な構造は違う。まずは競馬だが、こちらは買われた馬券代を集めて、当たった人に配当するパリミュチュエル方式というもので、宝くじやロトもこの方式である。ちなみに、生命保険も保険料を集め、怪我した人や入院した人に支払うため、基本的には同じものである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一方のFXや株は、安く買って高く売りその差益で儲けるもので、基本的な構造が競馬などとは違う上、何といっても競馬は100万賭けて外れればゼロになるが、FXや株は100万円分買ってもゼロにならず、80万とか50万に減るだけというところも違う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかし、FXではレバレッジ、株では信用取引により自分の資金の数倍分の売り買いができるので、その場合は100万がゼロになることもあるし、最悪はゼロになった上、さらにマイナス分を請求されることもある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、一般的にはFXや株は競馬と違い、理詰めで売り買いすれば儲かるとされるため「投資」と言われている。しかし、私からすれば競馬予想もFXの円ドルの予想も同じものだし、どっちも博奕だと思っている。元本保証でない限り「投資」とは言わせない。そりゃ「博奕」だろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">FXにかかる税金</h2>



<p class="wp-block-paragraph">それはさておき税金の話である。<a target="_self" href="https://goshisyo.com/tax-1/">前回</a>説明したとおり、競馬にかかる税金は所得税法上、一時所得とされ、最も問題なのは「年間の損得勘定をする際に、はずれ馬券が除外されること」であり、極端な話、「1億円儲けて次のレースで1億円負けた場合、収支はトントンだが、最初の儲けた1億円全部に税金がかかる。」という理不尽が起こる。全く儲けていないのに、税金を（ざっと2,000万くらいか。）払わなけれないけない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これがFXの場合、雑所得として「最初の取引で1億円儲けて、次の取引で1億円無くした場合、損得はゼロだから、税金がかからない。」というから驚きだ。ちなみに宝くじはどうかというと、宝くじには「そもそも税金はかからない」のだ。これはロトやBIGも同じこと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">サッカーくじとWIN5なんて同じようなもんだと思うのだが、BIGは1円も税金がかからないのに、WIN5の場合例えば4億円当たったら1億円程度は税金で持っていかれる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なお、FXの場合は分離課税（海外FXは総合課税）として、「利益」の20%（現在は復興税を含めて20.315%）の税金がかかる。ただ、競馬で言うはずれ馬券に当たる「損をした取引」も損得勘定に入れていいので、本当に1年で得した分だけが課税対象となる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">競馬も1年通じての損得でいいのでは？FXと同じように雑所得かつ分離課税とし、1年での利益に税金を賭けたらいいのではないか。そもそも競馬が一時所得とされたのは、いわゆるクイズ番組の賞金とか懸賞金と同じものと見做すからであり、競馬場と馬券売り場でしか買えなかった昔なら分かるが、今やPATやUMACAでどこでも毎レース買えて収支もきっちり分かるのだから、FXと同じ方法で課税できるだろう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">法改正が必要なのか、国税局の通達改正だけでいいのか分からないが、ひろゆきとかホリエモンとか誰か動いてくれないかな…</p>


<a target="_self" href="https://goshisyo.com/tax-3/" title="競馬と税金その３（海外はどうなのか）" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img loading="lazy" decoding="async" width="160" height="90" src="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-160x90.jpg" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-160x90.jpg 160w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-300x169.jpg 300w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-120x68.jpg 120w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-320x180.jpg 320w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640.jpg 640w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">競馬と税金その３（海外はどうなのか）</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">日本の場合日本の場合、競馬で儲けたお金は基本的に一時所得としておおよそ儲けた額の20%程度（給与など、他の所得の額によって変わる）が税金となる。この20%程度という割合については、利息やFXでの儲けと大きな差はないが、根本的な問題がある。そ&#8230;</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://goshisyo.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">goshisyo.com</div></div><div class="blogcard-date internal-blogcard-date"><div class="blogcard-post-date internal-blogcard-post-date">2025.11.05</div></div></div></div></a>]]></content:encoded>
					
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		<title>競馬と税金その３（海外はどうなのか）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 05 Nov 2025 10:23:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[競馬のはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[日本の場合 日本の場合、競馬で儲けたお金は基本的に一時所得としておおよそ儲けた額の20%程度（給与など、他の所得の額によって変わる）が税金となる。この20%程度という割合については、利息やFXでの儲けと大きな差はないが、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">日本の場合</h2>



<p class="wp-block-paragraph">日本の場合、競馬で儲けたお金は基本的に一時所得としておおよそ儲けた額の20%程度（給与など、他の所得の額によって変わる）が税金となる。この20%程度という割合については、利息やFXでの儲けと大きな差はないが、根本的な問題がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それは損得勘定をする場合、外れた馬券は考慮しないので、不当（と感じてしまう金額）に税金がかかるのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「1レース目に100円賭けて100万になった。2レース目にその100万を全部賭けて外れ、結局ゼロ円になった。損得でいうと100円負け。」</p>



<p class="wp-block-paragraph">この場合、そもそも100円とはいえ負けているから税金がかかるなど普通は夢にも思わないだろうが、今の日本の税制では、2レース目の負けた外れ馬券は考慮されないので、1レース目に儲けた99万9,900円が税金の対象となり、おおよそ20万程度を税金として払わなければならないとされる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">普通に考えて有り得ないのだが、博打狂を守ろうなんて政治家も国民も思わないから、これがおかしいという声は上がってこない。では、海外ではどうなのだろうか。これで世界的にも日本と同じ扱いというなら、まあ仕方ないとも思えるが…</p>



<h2 class="wp-block-heading">アメリカとフランスの場合</h2>



<p class="wp-block-paragraph">まずはアメリカ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">アメリカでは、競馬などギャンブルで得た利益については、その他の所得として所得に算入される。これは競馬に限らず、カジノや宝くじも含まれる。そして、その年度のギャンブルによる損失は、その年度のギャンブルでの利益を限度に損失として控除することができる。よって、外れ馬券の購入費は経費として認められる。当たり前だわな。</p>



<p class="wp-block-paragraph">続いてフランス。</p>



<p class="wp-block-paragraph">フランスの場合は、馬券購入時に購入価格の3.8%について一律に税金がかかる。また富裕税として総資産が増加した場合には別途税金がかかるようだが、先ほどのような結果負けているケースではかかることは無い。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、ドイツでは利益に対して5%の税が課される。利益に対してということだから、負けた馬券には税金はかからないし、イギリスでは、商業取引でない限り、賭けの賞金は課税されないという。</p>



<p class="wp-block-paragraph">日本はあまりに非常識だと思うがどうだろう。税金がかかるのは仕方ないが、その年度において負けていても税金がかかるとか、利益以上にかかるなんてどう考えてもあり得ない。税金には、税金を負担する能力に応じて支払うべきという担税力という考え方があるのだが、その点からも負けているのに払えと言うのはおかしい。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本への提案</h2>



<p class="wp-block-paragraph">日本では、博奕に対する嫌悪感が強く、市民権を得ていないこともあって、そもそも博奕が認められていない。（しかし、博打は大好きである。）そのため、カジノやブックメーカーが無く、ギャンブルは宝くじ（サッカーくじ含む）と競馬・競艇・競輪・オートレースしか認められていない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">競馬もFXなどと同じく、100円賭けて100万100円になったら、儲けた100万円の20%、20万を引いた80万を払い戻せばいいではないか。ただ、競馬の場合、控除率25%（単勝・馬連・3連単など賭け方によって違うが）のうち10%の国庫納付金が税金と被るから、控除率を15%にした上で、20%源泉徴収すればいい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これで漏れなく税金を回収できるから、税収は確実に増えるだろう。なので、控除率を10%、税金を15%にして実質控除率25%を維持するのでどうか。収入の壁もいいが、こっちの税金も誰か考えてくれないかな。そんな公約で選挙に出てくれたら、絶対に投票するけど。</p>


<a target="_self" href="https://goshisyo.com/tax-1/" title="競馬と税金その１（競馬の配当に税金はかかる？）" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img loading="lazy" decoding="async" width="160" height="90" src="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-160x90.jpg" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-160x90.jpg 160w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-300x169.jpg 300w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-120x68.jpg 120w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640-320x180.jpg 320w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/11/money-5885620_640.jpg 640w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">競馬と税金その１（競馬の配当に税金はかかる？）</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">競馬にかかる税金競馬で大穴が当たり、1万円が1,000万円になった！なんて夢の話みたいだが、もし本当にそうなった場合、税金はかかるのだろうか。結論から言うと1年間での儲けが90万円（給与所得者以外の場合、50万円）を超える場合は、税金がかか&#8230;</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://goshisyo.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">goshisyo.com</div></div><div class="blogcard-date internal-blogcard-date"><div class="blogcard-post-date internal-blogcard-post-date">2025.11.05</div></div></div></div></a>]]></content:encoded>
					
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		<title>第18回日本ダービー馬「トキノミノル」</title>
		<link>https://goshisyo.com/derby-18/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 13:07:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ダービー馬列伝]]></category>
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					<description><![CDATA[パーフェクトからトキノミノルへ 第18回の日本ダービーを優勝したトキノミノルは、父セフト、母第弐タイランツクヰーンという血統のもと、1948年5月2日に本桐牧場で生まれた。父のセフトは、日本競馬が戦争による中止から再開さ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">パーフェクトからトキノミノルへ</h2>



<p class="wp-block-paragraph">第18回の日本ダービーを優勝したトキノミノルは、父セフト、母第弐タイランツクヰーンという血統のもと、1948年5月2日に本桐牧場で生まれた。父のセフトは、日本競馬が戦争による中止から再開された翌年の1947年から1951年まで、５年連続リーディングサイヤ―となっている一流の種牡馬である。<br><br>しかし、トキノミノルの兄弟となる母第弐タイランツクヰーンの産駒の成績は芳しくなく、父セフトはトップ種牡馬とはいえ短距離向きの種牡馬と見られており、当時は長距離での成績に重きが置かれていたこともあって、トキノミノルにはすぐに買い手がつかなかった。<br><br>なお、幼名（血統名）は「パーフェクト」というが、馬主である永田雅一はさしたる期待をしていなかったことから競走年齢になっても名前を付けておらず、止む無く「パーフェクト」という幼名（血統名）のまま競争登録をしており、「トキノミノル」となったのは２戦目以降であった。<br><br>パーフェクトと幼名をつけたその馬に、全く期待していなかった馬主の永田雅一は、初戦時には馬を買ったことさえ忘れており、勝利の報告の際には「何だそれは」と聞き返したという。その初戦は芝の800mというレースだったが、勝ちタイム48秒1は日本レコードで、上がり3ハロン35秒0は当時としては驚異的な走破タイムであった。<br><br>このレースでの結果を受けて、永田はパーフェクトの競走名をトキノミノルに変えることにしたという。この名前は「競馬に懸けた時が実るときが来た」という意味を持つというが、その「トキノ」は永田が尊敬していた菊池寛が使用していた冠名を借用したもので、日本ダービーを意識する期待馬のみに使用するものだったという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">成績こそパーフェクト</h2>



<p class="wp-block-paragraph">名前こそパーフェクトを返上したが、成績はまさにパーフェクトそのものだった。２戦目のダート1000mのオープン戦を快勝し、３戦目も同じくダートのレースとなる札幌ステークス（1200m）では、3戦3勝のトラツクオー（トラックオー）を相手にレコードタイムの大差勝ちする。<br><br>ここまで函館、札幌が舞台であったが、関東に移動して中山競馬場での芝のレースでも無双する。４戦目は中山での芝1000mで６馬身差勝ちのレコード、５戦目の中山芝1100mのレースも４馬身差のこれまたレコードタイム勝ちだった。迎えた３歳王者決定線となる朝日盃三歳ステークスでは初の重馬場となるが、これも問題とせず２着イツセイ（イッセイ）に４馬身差を付けて優勝する。<br><br>ダートも芝も重馬場もこなし、ここまで6戦6勝でうちレコードが４回というパーフェクトな成績で、クラシックでも当然のように最有力候補となる。あとは短距離系である父セフトの影響による距離適性だけが問題とみられていたが、４歳初戦となる中山芝1800mのレースでは59kgという酷量にも耐え、イツセイ（イッセイ）に３馬身差のレコード勝ちを収める。<br><br>次走の東京芝1800mも快勝し、ついにクラシック第一弾皐月賞を迎える。当日は、皐月賞史上最高の単勝支持率となる73.3%を記録する。これは今でも破られていない記録であるが、２位のディープインパクトの支持率が63.0%だったことからも、いかに凄い数字であるかが分かる。<br><br>レースはトキノミノルがいつもどおりスタートから逃げると、２着イツセイ（イッセイ）に２馬身差をつけて優勝する。タイムは従前のレースレコードを6秒1も短縮する、芝2000m2分3秒0という驚異の日本レコードであった。着差こそ２馬身だが、ゴール前では鞍上の岩下が後ろを振り向くほどの余裕のレースだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本ダービー</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここまで9戦9勝、うち6回がレコードという突出した成績のトキノミノル。そんな注目馬が出たその年の日本ダービーは、７万人を超える観客が押し寄せ、初めて内馬場が幹線用に開放されたという。謄写版でなく初めて輪転機を使って印刷したという競馬新聞も、刷り上がったそばから売れて行ったとか。<br><br>トキノミノルは実績からも人気からも断然の１番人気となるはずだが、皐月賞に全く及ばない50%を少し超える程度の単勝支持率であった。その理由は、皐月賞のレース後に見られた歩行異常、続く右前脚の裂蹄、さらには騎手が脚の状態を心配したことで軽い調教となった最終調整に調教師が激怒するといった状況から、体調面の不安が囁かれていたためである。<br><br>馬主である永田は「出れば人気になるのは分かっている。ファンに迷惑は掛けられない」と出走辞退も検討したというが、関係者の懸命の措置により良化をきたし、当日には全く不安のない状態となったことで出走に踏み切ったという。しかし、田中調教師は調教手帳に「実に不安」と書き入れ、馬主の永田も「6月3日を足すと９、枠順も９、脚の故障が苦・・・」などと不安を漏らしていたという。<br><br>トキノミノルはスタートに失敗し、初めて他の馬に先頭を譲る形でのレースとなり道中は８～９番手を追走する。これは岩下騎手によると「脚に心配がなければ楽に逃げ切る自信はあった。しかし、この時は脚がもたないかも知れない、故障してしまうかも知れない、そう思うと怖くて行けなかった。」ということだったようだ。<br><br>しかし向こう正面から追って先行勢を交わしていくと、ゴールまで先頭で押し切り、イッセイに１馬身の差をつけて見事優する。第12回（1943年）にクリフジが記録したレースレコードより0.3秒速い、素晴らしいタイムだった。残る菊花賞はまず勝つであろうと言われ、馬主の永田は三冠が達成された場合は、史上初のアメリカ遠征を行うと発表した。</p>



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<iframe loading="lazy" title="競馬 トキノミノル 第18回 日本ダービー（1951年）" width="1256" height="707" src="https://www.youtube.com/embed/t7rI1uqJu2A?start=2&amp;feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
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<h2 class="wp-block-heading">ダービーからわずか17日後</h2>



<p class="wp-block-paragraph">日本ダービーでの勝利から５日後、厩務員の村田から田中調教師に「元気がない、食欲もなくなっている」との報告がなされる。日に日に元気は無くなっていき、目が赤くなってきたことから結膜炎を疑い治療するが一向に良くならない。強心剤と輸液を投与するも状態は変わらず、ここでようやく破傷風を疑われ、血清とペニシリンが投与された。<br><br>次第に状態は悪くなり、硬直や接触・光・音に異常な反応をみせる破傷風特有の症状が現れる。 馬主の永田は「賞金などぜんぶ使ってもいいから、競走はできなくなってもいいから、命だけは助けてやってくれ」と関係者に頼み込んだという。実際、治療に投じられた費用は、日本ダービーの１着賞金の100万円（当時）を超えていたという。<br><br>その後、少し持ち直したことから快方へ向かうとの見込みもあったところ体調が急変し、全身の硬直を繰り返して終には嚥下障害となり薬の投与も不可能となる。最期は全身痙攣を起こして倒れた４時間後に敗血症でこの世を去ってしまう。懸命の治療が行われたが、悲しいかな当時はワクチンなどもなく、結局は為す術がなかったということだろう。<br><br>日本ダービーを勝利したわずか17日後のことだった。10戦10勝、うちレコード勝ち７回、皐月賞と日本ダービーの二冠達成という素晴らしい成績を成績を残して、あっという間に姿を消したトキノミノルは、「幻の馬」や「ダービーを勝つために生まれてきた馬」と言われた。<br><br>トキノミノルの死を悼んで造られた「トキノミノル像」は、東京競馬場のパドック脇に設置され、ファンの間で待ち合わせ場所としても定着している。そのトキノミノル像の視線を辿ると、果たせなかった三冠最後のレース、菊花賞が行われる京都競馬場があるという。</p>



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<iframe loading="lazy" title="【超レア】1955年の競馬映画「幻の馬」トキノミノル" width="1256" height="707" src="https://www.youtube.com/embed/m20YRDrNqH4?start=824&amp;feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
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<h2 class="wp-block-heading">関係者の話など</h2>



<p class="wp-block-paragraph">岩下密政騎手<br>「文句なく速く、強かった。凄いバネとスピード、スタミナが共存していた」「一度でいいから4本脚で走らせたかった。いつも悪い膝を庇って3本脚で走って、7回もレコードで勝っているのだから、4本脚で走ったらどのくらい走るものか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">境勝太郎騎手<br>「桁違いの強さで競馬にならなかった。とにかく強かった。素晴らしかったと思う」<br><br>浅見国一騎手<br>「なにしろ強かった。トキノミノルが一番強かった。あんな馬見たことない」「生きていれば五冠は楽に取れた」<br><br>保田隆芳騎手<br>「先頭に行こうかなと思うのだが、いつもトキノミノルが前にいた。調子が悪かったダービーでも第2コーナーからはアッサリ。能力が違ったのだ」<br><br>作家の古井由吉<br>「シンザンも、テンポイントも、シンボリルドルフも、ナリタブライアンも追いつかないのではないか、と思うほどだ」<br><br>「優駿」編集者の福田喜久男<br>（常に逃げていた理由として）<br>「スピードの絶対能力が違うが故に、ただ単に先に行っただけと考えている」<br><br>田中和夫調教師<br>「トキノミノルは最初から飛ばして最後までスピードで押切るアメリカンスタイルの競馬だった。スピードの絶対値が違うからそういう競馬ができたんだろうね」<br><br>作家の岩川隆<br>「単なるギャンブルではない。それまで競馬に無関心だった人達も、天が与え給うたこの一頭の馬の無心で懸命な疾走を目の当たりにするために、競馬場に足を運び始めた」<br><br>競馬評論家の大川慶次郎<br>「競馬のファン層が増え、目立って据野が広がってくる場合には、節目にはやはりそれなりのスター・ホースが出現していたのが、日本の競馬の歴史を通じていえると思います。トキノミノルはその最初の例」<br><br>血統研究家の笠雄二郎<br>「トキノミノルのスピードは完璧といっていい」「無事ならセントライト以来の三冠はもちろん、セントライト以上の種牡馬となったであろう。急逝は馬産界にとって痛かった」<br><br>作家の吉屋信子<br>「トキノミノルは天から降りてきた幻の馬だ」</p>


<a target="_self" href="https://goshisyo.com/derby-19/" title="第19回日本ダービー馬「クリノハナ」" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img loading="lazy" decoding="async" width="160" height="90" src="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-160x90.jpg" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-160x90.jpg 160w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-120x68.jpg 120w, https://goshisyo.com/wp-content/uploads/2025/12/horses-4826701_640-320x180.jpg 320w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">第19回日本ダービー馬「クリノハナ」</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">名門に入厩した良血馬1952年の第19回日本ダービーを制したのは、大東牧場で産まれた「クリノハナ」である。馬主は全日本馬主協会連合会（現、日本馬主協会連合会）の初代会長などを務めた「ミスター・ケイバ」こと栗林友二で、馬主として既に第12回（&#8230;</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://goshisyo.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">goshisyo.com</div></div><div class="blogcard-date internal-blogcard-date"><div class="blogcard-post-date internal-blogcard-post-date">2026.07.07</div></div></div></div></a>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>騎手の最年少記録と「必殺仕事人」田島良保騎手</title>
		<link>https://goshisyo.com/tajima/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Diomed]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Jan 2026 08:42:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[名騎手列伝]]></category>
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					<description><![CDATA[ダービー勝利の最年長記録 2025年のダービーは、皐月賞2着の雪辱を果たし1番人気（2.1倍）のクロワデュノールが優勝した。鞍上の北村友一騎手は20回目の挑戦にして、ようやく念願のダービージョッキーの仲間入りを果たした。 [&#8230;]]]></description>
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<h2 class="wp-block-heading">ダービー勝利の最年長記録</h2>



<p class="wp-block-paragraph">2025年のダービーは、皐月賞2着の雪辱を果たし1番人気（2.1倍）のクロワデュノールが優勝した。鞍上の北村友一騎手は20回目の挑戦にして、ようやく念願のダービージョッキーの仲間入りを果たした。<br><br>2021年のレース中の落馬により、椎体骨折および右肩甲骨骨折と診断され手術を行ったが、後日さらに背骨を8本以上骨折していた大怪我であったことが分かる。まともに歩けるようになるだけで相当の日数がかかるような状況で、1年以上のブランクがあったところからの復活を経た、感動的な優勝だった。<br><br>前年（2024年）は、ベテラン横山典弘騎手が2009年ロジユニヴァース、2014年のワンアンドオンリーに続く、3度目のダービーをダノンデサイルで制したが、56歳3ヶ月4日での勝利は、武豊の持っていたG1並びにダービーの最年長勝利記録を更新する素晴らしい勝利だった。<br><br>その2024年のダービー、騎手は最年長だったが、ダノンデサイルの安田翔伍調教師は逆に史上最年少（41歳10か月19日。それまでの最年少は池江泰寿の42歳4か月）のダービートレーナーだった。<br><br>ちなみに、安田翔伍調教師の父はトウカイテイオーで騎手としてダービーを勝利した安田隆行であり、父子でのダービー制覇となった。なお、安田翔伍調教師は父と同じ騎手になることを目指したが、中学時代に騎手試験に不合格、高校となった頃には身体が大きくなったため騎手を断念、その後調教師試験に合格という経歴を経ての栄冠だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">騎手の最年少記録</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここで騎手の最年少記録に少しあたってみよう。最年少G1制覇は、1988年の菊花賞をスーパークリークで制した武豊騎手（19歳7カ月23日）である。最年少重賞制覇は、武豊騎手の弟で現調教師の武幸四郎だが、なんとデビュー2日目となる1997年3月2日、オースミタイクーンでマイラーズCを制した。これが騎手としての初勝利でもある。<br><br>この武幸四郎の記録は、おそらく二度と破られないと思われるが、兄弟でそれぞれ最年少記録を持っているというのも凄い。最年少リーディングジョッキーもやはり武豊騎手で、最年少GI制覇と同じ1988年に、113勝を挙げて最年少リーディングジョッキーとなっている。<br><br>関東の最年少リーディングジョッキーは、2020年に94勝を挙げた横山武史騎手が、22歳にして達成している。横山武史騎手はご存じの通り、G1とダービーの最年長勝利記録を保持する横山典弘騎手の三男である。こちらは父子で最年長記録と最年少記録を持っているということになる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ダービーの最年少制覇</h2>



<p class="wp-block-paragraph">それでは、ダービーの最年少制覇は誰なのか。まず最初に思い浮かぶのは武豊騎手だが、当時「ダービーだけは勝てないのでは」と言われていたほど、ダービーには縁が無かった。1998年に10回目の挑戦でようやくスペシャルウィークによりダービージョッキーとなれたというように、武豊騎手ではない。<br><br>ダービーの最年少記録は、1971年の田島良保騎手の23歳7カ月である。この年、ヒカルイマイで皐月賞を制した田島良保騎手は、同馬とのコンビによりダービーに挑み、当時「第1コーナーで10番手以内に位置しなければ勝機はない」と言われた時代に、後方24番手（レースは28頭立て！）からの追い込みを見せ、常識を覆す勝利を収めた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">凄い手腕、凄い度胸だ。ちなみにこの年の田島良保騎手の勝利数は11勝。うち4勝がヒカルイマイとのコンビによる重賞という。1973年には宝塚記念では、ハマノパレードに騎乗し、本命のタイテエムをクビ差抑えて巧みに逃げ切きった。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-rich wp-embed-aspect-4-3 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="20世紀の名馬　63位　ヒカルイマイ" width="1256" height="942" src="https://www.youtube.com/embed/UA4YOsVDVZU?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
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<h2 class="wp-block-heading">必殺仕事人</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ダービーの印象からも「追い込み」のイメージの強かった田島良保騎手の逃げ切りは、確かな腕を証明しただけでなく、「大物食い」のイメージをもファンに植え付けることとなり、杉本清アナから「必殺仕掛人」とのあだ名をつけられることとなった。（のちに「必殺仕事人」で定着する。）</p>



<p class="wp-block-paragraph">1980年の菊花賞ではノースガストで1番人気モンテプリンスを負かし、1986年マイルチャンピオンシップではタカラスチールで大本命のニッポーテイオーに勝利、1989年のオークスでは10番人気のライトカラーで、当時3年目の武豊が騎乗するシャダイカグラに競り勝っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">負かした馬たちは、いずれもダントツの1番人気で、単勝オッズは1倍台だったという。こういう腕はあるが強烈なキャラクターで、安定はしなくとも一発のある騎手というのが、今はなかなか出てこない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">世間的にもビッグマウスやダークヒーローは歓迎されない時代だが、そういった憧れそのものが無くなった訳ではない。是非、田島良保を受け継ぐ「必殺仕事人」が登場してほしい。</p>
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