第14回日本ダービー馬「マツミドリ」
第14回日本ダービー 戦争により中止となっていた競馬だが、1946年10月17日に東京競馬場と京都競馬場において、実に3年振りとなる戦後初の競馬が開催された。同じくして1945年、1946年と2年に亘って中止となった日本 […]
第14回日本ダービー 戦争により中止となっていた競馬だが、1946年10月17日に東京競馬場と京都競馬場において、実に3年振りとなる戦後初の競馬が開催された。同じくして1945年、1946年と2年に亘って中止となった日本 […]
当時の競馬をめぐる状況 カイソウが勝った第13回の日本ダービーは、1944年6月18日に東京競馬場で行われた。太平洋戦争(第二次世界大戦)の真っ最中であり、この日本ダービーの翌日から始まった「マリアナ沖海戦」において、ア
最多全勝記録を持つ最強馬 日本の競馬における「最強馬」なかでも「最強牝馬」と言った場合、必ず名前が挙がるのがこの第12回日本ダービーを制した「クリフジ」である。その戦歴は、日本における(中央競馬のサラブレッド)最多全勝記
良血馬 第11回日本ダービーの勝ち馬であるミナミホマレは、1939年3月31日小岩井農場で産まれた父プリメロ母フロリストという良血馬だった。小岩井農場で行われたセリにおいて、4万円という高額で競り落とされている。一年前の
初の三冠馬 第10回の日本ダービーは、前夜からの雨の影響もあって重馬場のなか1941年5月18に行われた。1番人気は、シアンモア産駒のミナミモア。セントライトは、クラシック初戦の横浜農林省賞典四歳呼馬(今の皐月賞)でその
当時の日本の状況 第9回の日本ダービーは、1940年6月2日に晴天のなか行われた。競馬人気、特に日本ダービーの人気は年々高まっており、当日は東京競馬場に5万6507人という当時の入場記録を更新する賑わいとなった。当時の世
第1回顕彰馬 第8回日本ダービー馬「クモハタ」は、ダービー馬であることや競走馬として良好(決して優秀とまでは言えない)な成績を残したことではなく、優秀な種牡馬であることで著名な馬である。その類い稀なる功績を称え、日本史上
二大種牡馬対決 第7回日本ダービーは、1938年5月29日に東京競馬場で行われた。それまでの第1回~第6回は4月に行われていたが、若駒の発育状況に鑑み5月に変更されたもので、この第7回よりこの時期(5月最終週又は6月第一
デビューまで 1937年4月29日、数えて第6回になる日本ダービーが行われたが、この第6回が4月に行われた最後の日本ダービーである。なお、第7回以降は全て5月又は6月に施行されている。また、過去5回の日本ダービーは全て不
レース前の状況 第5回の日本ダービー(東京優駿大競走)は、曇天であったが前日からの雨の影響でまたしても稍不良馬場でのレースとなった。これで創設以来5年連続での道悪での開催である。出走するメンバーについては、今までの4回と