第二次競馬ブーム
平成元年から競馬を始めた私の話だから、ハイセイコーの第一次競馬ブームではなく、オグリキャップと武豊の作った第二次競馬ブームのころの話である。
平成元年というと、ちょうどオグリキャップが前年の有馬記念を勝ったのち休養していた頃で、まだ競馬ブームの前兆があるかないかという時代だった。武豊はデビュー3年目で、実は私と同い年(学年は私が1コ下)である。
当時の馬券は単勝・複勝・枠連の3つしかなく、特に単勝・複勝などは玄人が買う馬券であって、普通の競馬ファンが買う9割強の馬券が枠連という時代であった。枠連なら1-1から8-8までの36通りしかないから、配当はさておき的中は結構しそうな気もするが、なかなかそうはいかなかった。
ネット投票など当然なく、今は無き大阪球場の縁にある場外馬券売り場(WINSと呼ばれるのはもう少し先)でいつも馬券を買っていた。道頓堀や梅田にも馬券売り場はあったが、500円とか1,000円単位からしか買えなかったから、私はいつも100円から買える大阪球場の馬券売り場を利用していた。
懐かしの鉄火場
スマホどころか、ネットできる携帯もなく、オッズプリンターなども当然ないから、オッズはブラウン管に映ったものを見て確認するしかなく、いつも上を見ていた首は凝り固まっていた。
締め切りは確か出走5分前で、レースまで時間がある分、買った後に後悔する時間があり、レース前は不安とドキドキが混じるこの時間が、今となっては懐かしい。
タバコの臭い、おっさんの怒声、マークシートなんてないから、窓口のおばちゃんに向かって枠連2-3を100円!と言って10円を10枚出すときの恥ずかしさ。
馬券を買うのに並び直前まで234のボックスと思っていたら、どう見ても日雇いしてるおっさんが、なけなしの1,000円で3-7を1,000円買ったのを聞くと、何か知ってるんか?おっさん。自信あるんか?と、俺も3-7に変更。
結果は2-4で、当初のとおり買っておけば当たっていた。おっさんはどうしたかと少しキョロキョロして見つけると、飲み過ぎなのかイビキかいて寝てた。おっさん…頼むわ。

