最弱のダービー馬
私が競馬を始めたのは平成元年であるが、その頃は競馬に関する書籍もかなり出ており、別冊宝島の競馬○○読本シリーズなどもよく読んでいた。そんな書籍のなかで、私が見たことのない昔の名馬や迷馬が紹介されており、ダービー馬の「栄冠を得るまで」や「その後」が書かれているものも沢山あった。
そして、その頃の誰もが認める「最弱のダービー馬」と言えば1頭しかいなかった。それが「オペックホース」である。名前の由来は石油輸出国機構の「OPEC」(オペック)と冠号である「ホース」からきている。「ホース」が冠名というのもシンプルで凄い。
石油輸出国機構「オペック」を馬名につけるのもどうかと思うが、当時経済を混乱させた第二次オイルショックを受け、「世界を制する資源」と言われた石油にあやかってつけたという。サステナブル(持続可能な)な現在では、あまりつけるのに相応しくない名前ではある。
さて、そのオペックホースの戦績であるが、ダービー以後32連敗で1勝もできずという、これは今でも燦然と輝くダービー馬におけるダービー後の連敗記録である。続くのはダービー後20連敗(0勝)のシリウスシンボリであるが、同馬の場合はダービー制覇後フランスへ遠征し2年もの間海外で負け続けたもの。
復帰後は7歳(現6歳)にして毎日王冠であのオグリキャップの2着になっており、遠征がなければ国内では間違いなく勝利を挙げていたと思われる。ちなみにオペックホースは32連敗中2着になったのはオープンレースと朝日チャレンジカップの2回だけで、G1級のレースは有馬記念の4着だけというから、やはり酷い。
クライムカイザー
その後、この連敗記録は破られておらず、おそらく破られることもないだろう。何故なら、近年強くなった日本競馬のダービー馬は種牡馬になる可能性が高く、今なら血統的価値を考え、そこまで長く走らせることはないだろうから。オペックホースはダービーだけでは種牡馬にはなれず、是非とも他の勝ち鞍が欲しかったのだろう。
晩年は障害転向も考え練習をしたところ、飛越は周囲が目を見張るほど卓越していたという。しかし、ダービー馬を障害に出すのかとの批判から断念したらしい。オジュウチョウサンが種牡馬になったこともあって、今なら障害転向もあり得る話だったかもしれない。
こうなると最弱のダービー馬はオペックホースで決まりのようだが、それでは面白くないので、私が競馬を始めた平成元年(1989年)以降の「最弱のダービー馬」を考えてみよう。ちなみに、オペックホース以前にも「クライムカイザー」という最弱ダービー馬と言われた馬がいるが、こちらはよく見るとそうでもない。
クライムカイザーは、ダービー後9戦して1戦も勝てないまま引退している。確かに弱い。しかし、その全てが6着以内と大敗しておらず、その9戦の勝ち馬は3勝がトウショウボーイ、2勝がテンポイントとグリーングラスという元祖3強(TTG)であった。
平成以降の最弱ダービー馬
さて、では平成以降の最弱ダービー馬を挙げてみよう。まずは、ざっと挙げていきながら検討を加える。
1989年 ウィナーズサークル
京都新聞杯4着、菊花賞10着で引退。菊花賞はレース中に骨折しているから、実質は京都新聞杯4着だけ。何とも言えない。なお、以降はアイネスフウジンのようにダービーで引退とか、ダービー後数戦で引退した馬は取り上げない。また、明らかに強い馬(三冠馬、トウカイテイオー、キングカメハメハ、ドウデュースなど)も同じ。
2000年 アグネスフライト
関西のボス河内洋が、17回目のチャレンジにてついに同馬によりダービー制覇。しかし、その後8戦して勝てず、神戸新聞杯2着、京都記念2着が最高の成績で、8戦中5戦が二桁着順。これは候補の1頭だろう。
2009年 ロジユニヴァース
こちらもデビュー24年目の横山典弘が、念願のダービーを制覇(のちにワンアンドオンリーとダノンデサイルで勝利)、ダービー後4戦して未勝利。6着、13着、2着、14着。最後のレースは2年ぶりのレースだから除外するとして、残り3戦は微妙な成績。いちおう候補としよう。
2014年 ワンアンドオンリー
ダービー後、神戸新聞杯を勝っており無敗ではない。しかし、その後23戦してドバイSCの3着が最高で、2桁着順も9回。新馬で2桁着順(12着)からダービーを優勝した初の馬。ダービーは9戦目となり、その時点で通算9戦3勝。これは有力候補だろう。
2018年 ワグネリアン
ワンアンドオンリーに似ている。ダービー後、神戸新聞杯を勝つも、その後10連敗。ただ、ジャパンカップと大阪杯での3着があることから、ワンアンドオンリーよりは上と言える。これは候補から外そう。
2頭に絞られる
こうやって見ると、アグネスフライト、ロジユニヴァース、ワンアンドオンリーの3頭が残る。しかし、ロジユニヴァースは戦績が少なく、ダービー後の2着が札幌記念でアーネストリーに負けたもの。また、そのアーネストリーはその後天皇賞(秋)3着、金鯱賞3着、宝塚記念1着、オールカマー1着と充実期であり、その2着に来ている馬が弱いとはいえない。
よって、アグネスフライトとワンアンドオンリーの2頭の争いとなる。アグネスフライトがダービー後2着2回、ワンアンドオンリーが1勝と3着に1回なっているから、そのレースで両馬の強さを測ってみよう。
ただし、ワンアンドオンリーの3着はドバイでのもので、比較対象としにくいため、同じレースであるアグネスフライトが2着、ワンアンドオンリーが勝った神戸新聞杯を見てみよう。
最弱のダービー馬、決定!
アグネスフライトの2着は、フサイチソニックに負けたもの。そのフサイチソニックは、「未完の大器」「世紀末のクラシック世代における幻の最強馬」と言われた逸材で、この神戸新聞杯ではアグネスフライト(2着)、皐月賞と菊花賞を後に勝つエアシャカール(3着)に勝っている。
よって、アグネスフライトの2着は、かなり価値のある2着といえる。なお、フサイチソニックはこの神戸新聞杯の勝利の後、左前浅屈腱炎を発症し登録抹消となった。その後フサイチソニックが無事で活躍していれば、もっとこの2着の価値は上がっている。
ワンアンドオンリーが勝った神戸新聞杯の2着はサウンズオブアース。この名前を聞いてピンときた人もいるだろう。そう、サウンズオブアースは「最強の2勝馬」「シルバーコレクター」と言われた、通算で重賞2位が7回という(うちG1が3レース)詰めの甘い馬なのだ。
ただ、3着のトーホウジャッカルは次走の菊花賞を勝っているが、そのトーホウジャッカルも菊花賞以降は未勝利で全くいいところがなかった。これらのことから、ワンアンドオンリーの勝った神戸新聞杯の勝ちは低いと考える。
よって!「最弱のダービー馬」は、ワンアンドオンリーに決定!次点がアグネスフライト。オペックホースは殿堂入りとする。

