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思い出の桜花賞(1991年シスタートウショウ)

競馬
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2025年の桜花賞

第85回桜花賞(2025年4月14日)は、3番人気(単勝5.0倍)の関東馬エンブロイダリーが、2歳女王のアルマヴェローチェとの追い比べを制し、クラシック一つ目の戴冠を受けた。

鞍上のモレイラ騎手は、昨年のステレンボッシュに続く史上7人目の連覇を達成。森一誠調教師は開業2年目にしてG1を初制覇するという偉業を達成することとなった。

私が初めて馬券を買い観戦した桜花賞は、1991年の第51回の桜花賞で、阪神競馬場が改修のため24年ぶりに京都競馬場で開催された。曇天のやや重馬場だったが、私は京都競馬場でそのレースを目の前で見ている。

1991年は史上まれにみるハイレベル

史上まれにみるハイレベルのレースと言われ、人気はイソノルーブル、ノーザンドライバー、スカーレットブーケ、シスタートウショウと続いた。1番人気はここまで5連勝、報知杯4歳牝馬特別を勝って挑む松永幹夫騎乗のイソノルーブル。

2番人気のノーザンドライバーは6戦4勝、デイリー杯3歳SとペガサスSを連勝しており、鞍上は若手のホープ岡潤一郎(2年後の1993年2月、落馬により殉職)。

3番人気のスカーレットブーケにはレジェンド武豊。この時デビュー5年目であるが、すでにG1は9勝。そこには1989年、シャダイカグラでの桜花賞が含まれ、前年1990年にはオグリキャップの引退レースとなった有馬記念で勝利している。

スカーレットブーケは、この桜花賞では結果4着だったが後に繁殖牝馬となり、ダイワメジャー(皐月賞、天皇賞秋などG1を5勝)、ダイワスカーレット(桜花賞、有馬記念などG1を4勝)を産む最強母馬となる。

4番人気は3戦3勝の美少女シスタートウショウ。鞍上は角田晃一。美しさと強さを兼ね備えた強い牝馬だった。さらに5番人気には牡馬相手のシンザン記念を勝ち切ったミルフォードスルー。6番人気のタニノクリスタルは、のちにダービー馬タニノギムレットの母となる。

今、考えればレース前に言われていたよりもっと高レベルのレースであり、初めて観る桜花賞がそんなレースだった私は幸せだが、馬券のほうは散々だった。

まさかの波乱

というのも、レース前に1番人気のイソノルーブルが落鉄し、さらに興奮したイソノルーブルに対する蹄鉄の打ち直しが失敗し、なんと右前脚の蹄鉄がされないままレースのスタートが切られた。落鉄があったことは周知されたが、蹄鉄の打ち直しが失敗したことは観客には告げられておらず、後に民事訴訟にまで発展した。

このレースを制したのは、シスタートウショウ。そして2着には人気薄のヤマノカサブランカという、思いもしない結果となった。

当時は馬連もまだない時代だったが、ヤマノカサブランカの入った6枠は同枠馬も人気がなく、枠連6-7は22,630円もついた。レース後に呆然とした私だったが、競馬の面白さと馬券の難しさを同時に教えてくれたレースだった。

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Diomed(ダイオメド)といいます。1969年生まれのおっさんです。
競馬や馬券のこと、その他ギャンブルにまつわる話を思いつくままに書いています。

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