ダービー馬列伝

第20回日本ダービー馬「ボストニアン」

名前の由来は「ボストン市民」第20回の日本ダービーを勝った馬の名前は「ボストニアン」というが、1953年(昭和28年)という頃にしては珍しい洋風な名前である。それまでに19回行われた日本ダービーで、そのような洋風な名前は第3回フレーモア、第...
ダービー馬列伝

第21回日本ダービー馬「ゴールデンウエーブ」

日本ダービーまで1954年の第21回日本ダービーを勝ったのは、12番人気という人気薄のゴールデンウエーブだった。ゴールデンウエーブは当初ネンタカラという名前で地方競馬の大井競馬場に所属しており、そこで全日本三才優駿を勝つなど11戦6勝の成績...
ダービー馬列伝

第22回日本ダービー馬「オートキツ」

オートキツとトキツオー1955年5月29日に行われた第22回日本ダービーを勝ったのは、「雨の月友」と言われ多くの産駒が重馬場で活躍した月友を父に、皐月賞・オークスという変則2冠を制し、オートキツ(日本ダービー)、オンワードゼア(天皇賞・春、...
ダービー馬列伝

第2回日本ダービー馬「カブトヤマ」

二大種牡馬第1回日本ダービーは、トウルヌソル産駒であるワカタカが勝利を収めた。トウルヌソルは1935年から1939年にかけ、5年連続で日本のリーディングサイアーを獲得した昭和初期の大種牡馬である。その産駒からは第1回のワカタカを含む6頭のダ...
ダービー馬列伝

第24回日本ダービー馬「ヒカルメイジ」

今や死語となった持込馬(もちこみば)1957年(昭和32年)に行われた第24回日本ダービーを制したのは、父ボワルセル(Bois Roussel)、母イザベリーンを両親に持つ持込馬(もちこみば)ヒカルメイジだった。持込馬とは、日本国内で産まれ...
競馬のはなし

3連複フォーメーションの抜け目に気をつけろ

馬連の都市伝説3連複のフォーメーションというのは、何点になるのか分からないのが問題であるが、もっと問題なのは意識しない「抜け目」がある事だ。 昔の馬券は1枚で5点までしか買えなかったし、流しやボックスのマークシートも無かった。そのため、その...
ダービー馬列伝

第1回日本ダービー馬「ワカタカ」

東京優駿大競走第1回の日本ダービーは1932年(昭和7年)、イギリスの「ダービーステークス」を範として創設され、「東京優駿大競走」の名にて4月24日に目黒競馬場で行われた。「東京優駿大競走」というとなにか大げさな感じがするが、今も正式名称は...
競馬のはなし

ギャンブルの運とひらめき

競馬は簡単?前の日の晩から新聞とにらめっこして、実績、血統、騎手、調教、厩舎情報、天気…あらゆるファクターを検討材料にして、予想する。何なら、月曜日の週刊競馬ブックの紙上パドックから始まり、調教VTR、前走のVTR、競馬展望のTMの予想…全...
ダービー馬列伝

第23回日本ダービー馬「ハクチカラ」

初の海外重賞制覇ハクチカラは1956年に行われた第23回日本ダービーを勝ち、翌年には天皇賞・秋と有馬記念を勝つなど、それだけでも超のつく名馬であるが、やはりハクチカラと言えば「日本調教馬として初めて海外の重賞を制覇した」という偉業を達成した...
名馬列伝

中山巧者、中山の鬼「マツリダゴッホ」

有馬記念の穴馬といえば私が競馬を始めた1989年の有馬記念を勝ったのは、柴田政人騎乗のイナリワンだった。オグリキャップ、スーパークリークと並び「平成三強」と言われた、地方競馬出身の「野武士」イナリワンである。同年の天皇賞・春と宝塚記念という...