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ガラスの重戦車「メジロアルダン」

名馬列伝

平成の「4強」

1980年代後半から1990年代前半にかけての第2次競馬ブームの主役といえば、「芦毛の怪物」オグリキャップと「レジェンド」武豊である。そしてそのブームのピークは、武豊を背にオグリキャップが引退レースを飾った、1990年の第35回有馬記念であることには異論がないだろう。

そして、その有馬記念と言えば最後の直線で大川慶次郎が叫んだ「ライアン!ライアン!」を思い出すファンも多いと思われる。その「ライアン!」とは言うまでもなくメジロライアン(日本ダービー2着、のちに宝塚記念を勝つ名馬)のことであるが、この有馬記念では惜しくもオグリキャップの2着であった。

勝利したオグリキャップは、その年の秋は天皇賞で6着、ジャパンカップで11着と大敗し、限界説までささやかれ人気を落としており、単勝オッズ5.5倍の4番人気だった。1番人気(単勝3.3倍)は日本ダービー3着、菊花賞2着、ジャパンカップ4着のホワイトストーン。

ホワイトストーンの人気は、クラシックを制した皐月賞(ハクタイセイ)、日本ダービー(アイネスフウジン)、菊花賞(メジロマックイーン)がいずれも出走していないことから、その安定性を買われてのことだが、メジロライアンも皐月賞3着、日本ダービー2着、菊花賞3着でありホワイトストーンと同様の成績であるところ、ライアンは3番人気(単勝4.7倍)だった。

では、その間の2番人気(単勝4.2倍)だった馬の名前は・・・と考えても私はスッと出てこなかった。しかし、その名前を見て思い出した。平成の3強(オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワン)に次ぐ実力馬で一時は「平成の4強」と言われた4頭目の馬、メジロはメジロでも「メジロアルダン」こそがその馬であった。

未完の大器

1985年にメジロ牧場で生まれたメジロアルダンは、半姉に中央競馬で初の牝馬三冠を達成したメジロラモーヌがいる良血馬だったが、競走馬として大成しないと言われた双子だった。ただし、双子のもう一方は死産であり、双子として生まれていたらここまでの活躍はできなかったとも言われた。なお、現在は双子と確認できた時点で片方を堕胎するため、双子が誕生するケースはほとんどないという。

この年の「メジロ軍団」は過去の名馬の馬名からつけられており、メジロアルダンの「アルダン」とは、1944年凱旋門賞の覇者アルダンのことである。ちなみに2年後のメジロライアン、メジロマックイーンの年は世界の著名人「ノーラン・ライアン」「スティーブ・マックイーン」から命名されている。

デビューは遅く明け4歳(現3歳)のダートの未出走戦(3/27)。これを快勝し、続く芝の1800m条件戦の山藤賞も連勝する。初の重賞挑戦となるNHK杯では2着となり日本ダービーへの優先出走権を獲得する。迎えた本番の日本ダービーでは一度は先頭のサクラチヨノオーを交わしたが差し返され、2着に敗れる。

僅か4戦目での日本ダービーで2着となる素質から期待されるも、このレース後に骨折が判明し1年近い休養となる。復帰戦のメイS(オープン)は格の違いを見せつけ快勝、続く高松宮杯(G2)では安田記念馬バンブーメモリーを抑えてレコードで優勝する。これからの活躍は間違いないと思われる好成績であるが、「平成の3強」の壁は厚かった。

休養を挟んだ次走第40回の毎日王冠(1989年のベストマッチと言われる伝説のレース)では、オグリキャップ、イナリワンの3着、続く第100回天皇賞ではスーパークリーク、オグリキャップの3着(着差はクビ差、クビ差)に跳ね返される。強いことは誰もが認めるものの少し足りない、この頃からメジロアルダンは「未完の大器」と言われるようになった

ガラスの重戦車

また500キロを超える大きな馬体と、沈めるような低い重心とそれを保ちつつ前肢をかき込むようなフォームから「重戦車」とも言われた。しかし「重戦車」と言われる一方で常に脚部不安を抱えており、現役生活の半分は故障により休養していた。さきの3着となった天皇賞のレース後にも屈腱炎により長期休養を余儀なくされている。

明け6歳となった1990年の緒戦オールカマーでは、1番人気に推されるも4着に敗れる。次走となる秋の天皇賞では人気を落とし5番人気となるが、ヤエノムテキのアタマ差2着の惜敗(なお、1番人気オグリキャップは6着)する。そして次走が最初に取り上げたオグリキャップの引退レースとなった有馬記念であるが、2番人気10着と大敗する。

翌年の日経新春杯4着のレース後に屈腱炎が再発、またしても長期休養となるが、復帰した秋以降は富士Sで6着、ジャパンカップで14着と往年の力は既に無く引退となった。その後種牡馬入りするも目立った活躍場は輩出されず、中国へ輸出される。その僅か2年後に種付け中の心臓発作により亡くなる。繋養されていた北京龍頭牧場に墓が設置されているという。

いずれも2着となった日本ダービーも天皇賞も、もう一度走ったらメジロアルダンが勝つ可能性が高いのではないだろうか。そうでなくとも脚部の不安と怪我さえ無ければと思わずにはいられない。作家の高橋源一郎が三島由紀夫賞を受賞した際に賞金の使い道を聞かれ、「ダービーのメジロアルダンの単勝に全額ぶち込みます」と宣言したというのは有名な話。

また最近では初の牝馬三冠メジロラモーヌや天皇賞の勝ち馬メジロブライトを差し置いて、メジロアルダンが「ウマ娘化」したことも話題となっている。成績だけでは分からない「馬の格」「強さ」「人気」の表れだろう。脚部不安に対する保護や治療の技術も確かになった昨今、メジロアルダンが今の時代に生まれていれば・・・「未完の大器」では終わらなかったはずだ。

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Diomed(ダイオメド)といいます。1969年生まれのおっさんです。
競馬や馬券のこと、その他ギャンブルにまつわる話を思いつくままに書いています。

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