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京都競馬場でみたオグリキャップの引退レース

競馬
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思い出のレース

100人の競馬ファンがいれば100頭の最強馬がいるというように、100人の競馬ファンがいれば、思い出のレースも100レースあると、誰が言ったか言わないか、まあ、思い出のレースというのは人それぞれあるのは間違いない。

その思いも様々で、大金を賭けて勝った(または負けた)レースという人もいれば、贔屓(ひいき)の馬のG1初出走とか、一口馬主の初勝利とか、後は漫画だけの話かもしれないが、このレースであの馬が勝てばプロポーズすると決めるといった人生を左右するレースとか。

じゃあ、お前はどのレースなのかと聞かれると、ベタ過ぎて少し恥ずかしいのだが、これはオグリキャップの引退レース、おそらく競馬ブームの最高潮であったあのレースが一番の思い出のレースである。

思い出の有馬記念

あの時私は、当時いつも一緒に競馬をしていた友達と2人で京都競馬場にいた。そして、有馬記念のオグリキャップのことは、お互いなんとなく口に出せない状況だった。

当時売り出し中の武豊が乗ること、引退レースであることなど、ホントなら話すネタはいくらでもあるはずなのだが、「勝ってほしいが、まあ無理だろう。武豊が乗るとか変に期待させないでほしい。」というような複雑な思いがそうさせていたのだと思う。

皆様ご存じのとおり、オグリキャップと武豊はこのレースに勝ち伝説となるが、やはりこれは凄い奇跡であり、10回走って1回勝てるか勝てないかという状況だったと思う。その1回が本番でくるあたり、馬も人も「持っている」ということだろう。

スタート、ペース、位置取り、馬場、どれか一つでも欠けていたら負けていただろう。4コーナーで前に行った時も、私は「期待するから、行かんといてくれ。そこからズルズル落ちている姿はもう見たくないねん。」という気持ちのほうが強く、残ってくれとは露にも思わなかった。

初めて泣いたレース

うわ、うわ残る。勝ってまう。と思ったのは本当にゴール寸前で、その時はもう震えていた。そして、スポーツ観戦では初めて泣いた。ドーハの悲劇でも、3年後のトウカイテイオーの復活でも流れなかった涙である。

ちなみに、その日の京都競馬場の9R、3歳(今の2歳)オープンのシクラメンSにおいて、私の目の前で勝ったのがそのトウカイテイオーで、今となっては信じられないことだが単勝5.4倍の3番人気であった。(1番人気は、イイデ軍団の頭領、イイデサターン)

オグリキャップの引退レースとなった有馬記念のオグリの単勝は4番人気で5.5倍だったが、私はそれも、トウカイテイオーのシクラメンSも、なんやったらトウカイテイオーの勝ったほうの有馬記念も全部ハズしている。

感動と馬券は別腹という。歌丸師匠は「一度でいいから見てみたい、女房がへそくり隠すとこ。」なんて言っていたが、私だって「一度いいから感動も馬券も同時に手にしたい。」と思う。

その時、横で見ていた友達はもうこの世にはいない。感動のレースを思い出すとき、必ず彼のことも思い出す。それもあって、私の思い出のレースは私がこの世からいなくなるまで、このレースなのだと思っている。

著者プロフィール
このブログの運営と記事作成をしています。

Diomed(ダイオメド)といいます。1969年生まれのおっさんです。
競馬や馬券のこと、その他ギャンブルにまつわる話を思いつくままに書いています。

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