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「幻の三冠馬」そんな気持ちにさせる名馬「ペルーサ」

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残る一冠に出られなかった幻の三冠馬

「幻の三冠馬」と言われる馬は何頭もいる。ダービーを勝った時点で10戦10勝、うち7レースがレコード。三冠間違い無しと言われた「トキノミノル」。だが、ダービーの17日後に破傷風で命を落としてしまう。

新馬戦で2着となった以降、8連勝で皐月賞・ダービーを制覇。最強馬にも必ず名前の上がる希代の逃げ馬「カブラヤオー」。ダービー後に屈腱炎を発症し、菊花賞を断念せざるを得なかった。

「ミホシンザン」は皐月賞、菊花賞を勝っているが、ダービーは怪我で出走できなかった。「トウカイテイオー」は皐月賞・ダービーを制するもやはり怪我で菊花賞に出走できなかった。どちらも出走できていれば、まず勝っていただろうと言われている。

この4頭は三冠のうち2つを勝ち、残る一つに出走できなかった馬たちである。そして、一般的には、2冠を制するも残るひとつに出走できなかった馬をもって「幻の三冠馬」ということが多い。

一冠や無冠の幻の三冠馬

ほかには、「アグネスタキオン」や「フジキセキ」も幻の三冠馬と言われるが、「アグネスタキオン」は皐月賞しか勝っていない(ダービー、菊花賞とも不出走)し、「フジキセキ」に至っては三冠レースには全く出走していない。

こうなってくると、「幻の三冠馬」の条件をもっと広げてもいいのではと思うがどうだろう。例えば「出走していれば」を逆にして「〇〇が出走していなければ」とすればどうか。「ミホノブルボン」はライスシャワーが「出走していなければ」三冠だったのだから「幻の三冠馬」といってもいいのでは?

「エアシャカール」もそう。ダービーでハナ差負かされたアグネスフライトがちょっとヨレていたら、三冠馬になっていた。これも「幻の三冠馬」と言ってしまおう。(エアシャカールは、準三冠馬とも言われている。)

私だけの幻の三冠馬

そして我が「ペルーサ」もそう。出遅れ癖が無かったら…三冠馬だったはずだ。ただ、出遅れなかった有馬記念でも4着だったのは内緒だ。あの時は興奮したなぁ。「ちゃんと出た!」(これはひょっとするかも…)「結局、アカンのかーい!」

4連勝で青葉賞を勝ち、ダービーの前日発売では1番人気になったペルーサ。名前の由来はもちろん、唯一無二のサッカー選手、「神の子」ディエゴ・マラドーナの愛称「ペルーサ(もじゃもじゃ頭)」である。最強の名馬に相応しい愛称である。

出遅れ癖がなく先行できていれば、皐月賞にも出て(主戦の横山典の「中山は不向き」という助言と後ろからのレースとなる可能性から出走せず。)横綱相撲を取って勝ち、ダービーは青葉賞の結果からして勝っていたはず。(想定では皐月賞からダービー直行。)

春の天皇賞3200mでは8着に敗れているが、0.9秒差しか負けておらず、菊花賞時点なら能力の違いで勝っていたはず。ちなみに、2010年の菊花賞を勝ったのはビッグウィーク。皐月賞馬ヴィクトワールピサ、ダービー馬エイシンフラッシュともに不在だったことからも、ペルーサの勝ちは揺るがない。

幻の三冠馬になるには

もう一つ、ペルーサには幻の三冠馬になれる可能性があった。それは青葉賞を最後に引退していた場合だ。フジキセキも弥生賞で引退し、三冠レースには全く参加せずとも「幻の三冠馬」と言われることがあるから、ペルーサもそうなっていた可能性は高い。

ただ、フジキセキもアグネスタキオンも種牡馬としても成功しており、それも同馬の素質の高さを示すものとして、幻の三冠馬の信憑性を高めている一つの要因ではあるが、ペルーサも三冠馬になってさえいれば、繁殖牝馬の質も上がり種牡馬として大成功していたに間違いない。

青葉賞で驚異的勝利を収めたのち、天皇賞(秋)の2着、3着など惜しいレースはあるものの、二度の喘鳴症による手術などもあってか、ついにはオープンレースでも勝つどころか大敗をするようになり、勝てないまま引退という道も見えてきた。

しかし、その潜在能力の高さや人気から「せめて最後に1勝の花道を」という声も多く(知らんけど)競争を続け、ついに札幌日経賞OPにおいて勝利する。その勝利は、5年3か月8日ぶりという、JRA史上最長勝利間隔の新記録だった。

記録にも記憶にも残る「幻の三冠馬」ペルーサ。今でも私のなかでは最強馬である。

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Diomed(ダイオメド)といいます。1969年生まれのおっさんです。
競馬や馬券のこと、その他ギャンブルにまつわる話を思いつくままに書いています。

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