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北村友一騎手と北村宏司騎手を比べてみよう

競馬
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念願のダービージョッキー

昨日(2025年6月1日)の第92回東京優駿においてクロワデュノールに騎乗し、デビュー20年目にして念願のダービージョッキーになった北村友一騎手。単勝オッズ1.5倍という断然人気だった皐月賞では、ミュージアムマイルとジョアン・モレイラに図ったように追い抜かれ2着となったが、その雪辱を見事果たすことができた。

ゴール後は、たくさんの騎手とハイタッチをする姿が印象的だった。1着2着の騎手同士や、仲の良い騎手の間ではよく見られる光景であるが、たくさんの騎手とのハイタッチというのは珍しい。

2021年5月の落馬では椎体骨折、右肩甲骨骨折と診断され手術を行ったが、後に背骨が8本以上折れていたことも分かり、しばらくはまともに歩けない状態だった。1年以上空いた2022年6月、ようやくレースに復帰することができた。そんな苦労を見てきたからこその、同じレースを走り鎬を削った騎手たちからの祝福だったのだろう。

北村友一騎手とは

そんな「北村友一」騎手であるが、ここ数年は競馬一色というほどでない生活を送っていることもあり、同じ北村姓の「北村宏司」騎手と少しだけ「顔と名前」「成績と名前」が一致しないところがあるのは否めない。

名字の北村だけでなく名前の「ユウイチ」についても、今は騎手を引退した福永祐一調教師とも被るため、芸能界でいう「水野美紀・水野真紀・酒井美紀・坂井真紀」状態となっている。そのため北村友一騎手は、競馬ファンからは愛称である「机」で呼ばれることも多い。

これは、北村友一騎手が、2013年にレースでの斜行により4日間の騎乗停止となった処分を受けた際、裁決室で「机」を持ち上げて倒すという粗暴な行為を行ったことにより、更に2日間の騎乗停止が加重制裁されたという前代未聞の事態を引き起こしたことによる。

このように少し気の強いところのある北村友一騎手だが、1986年生まれの38歳(2025年現在)で、デビュー(栗東、田島厩舎所属、現在はフリー)した2006年に14勝を挙げ、中央競馬関西放送記者クラブ賞を受賞しているように、新人の頃から非凡な才能はみせており、気の強い部分がいい方向に向いていたのだろう。

北村宏司騎手とは

一方の北村宏司騎手は1980年生まれの44歳(2025年現在)で、1999年にデビュー(美浦、藤沢厩舎所属、現在はフリー)して年間37勝を挙げ、JRA賞(最多勝利新人騎手)を獲得しており、こちらも早くから活躍している。

こうやってみると、年齢も近くどちらも若くから活躍していることからも、両者を混合しがちであることが分かる。ここで両者を比較してみよう。通算勝利数(中央、以下成績は全て中央のみ)は友一が919勝、宏司が1467勝だが、これは騎乗年数が多い宏司が多くて当然で、勝率でみると友一.086で宏司が.087とほぼ同じ。

重賞勝ちは友一が36勝、宏司が37勝で、うちG1勝利は友一が7勝、宏司が4勝で、友一はそこにこのダービーの1勝がプラスされる。ここまでの成績をみると、若干、友一の方が大レースに強いという感じだろうか。

お手馬でいうと、友一は断然クロノジェネシス(秋華賞、宝塚記念、有馬記念)で、これがこれからクロワデュノールに変わるかもしれないといったところ。そして宏司のほうはというと、ダンスインザムードか、キタサンブラックか微妙なところ。

2人の今後

次にイケメン度だが、これも微妙で友一はイケメンジョッキートップ10には入らないが20なら入るという感じで、宏司は「イケメン」という異名はありながら、そう呼ばれてイジられているという具合で、更にはそう言われるようになった由来も不明とのこと。

最後にこれからだが、友一はダービージョッキーにもなり、クロワデュノールとのコンビでこれから大レースを勝ちまくる可能性も高い。人馬ともの無事を祈るばかりである。強い馬に出会ってさらに成績を伸ばす騎手も多い。友一はこれからが楽しみな騎手である。

宏司の方はというと、2013年の101勝、2014年の117勝をピークに勝利数は減り続け、ここ3年は9勝,39勝,14勝と寂しい限りである。昨日の友一が勝ったダービーも唯一の無敗馬ファンダムで挑むも14着。調教師試験も受験しているようで、騎手に限っては引退も近いかもしれない。

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Diomed(ダイオメド)といいます。1969年生まれのおっさんです。
競馬や馬券のこと、その他ギャンブルにまつわる話を思いつくままに書いています。

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