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過去から来た男(その2)

競馬
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過去から来た男

どうも、俺は未来へ飛んできたようである。さっきまで京都競馬場で散々負け、芝生に寝っ転がってビールを飲んでいた。そして目が覚めるとやっぱり京都競馬場ではあるのだが、何かおかしい。芝生、ゲート、ゴール板、全て私の大好きな競馬場には違いないのだが、主役の馬がどうみてもハリボテなのだ。

昔のゲーセンにあった、コインを賭けるやつ。ハリボテの馬の真ん中に棒が刺さってて、コースをぐるっとまわって動くやつ。4倍のやつに賭けて、それが勝ちそうになると2倍の馬が後ろから追い込んで勝つという、あれだ。

そして、ゴール板の上の方に「2050菊花賞」と書いてある。隣のおっさんの大スポの日付も、2050年11月となっている。前に回って表を見ると、「820円(税込み)」と書いてある。高い!一面の見出しは「小泉金次郎首相、インキン?!」だった。安心した。大スポは変わってない。

そのおっさんに、ここがどこか恐る恐る聞いてみた。

「京都競馬場に決まっとるがな。」

やはり、間違いない。となると、まさか、タイムスリップしたのか?今、いったい何年なのか。確かめるためにこのおっさんに聞いてもいいが、アホ扱いされるのが目に見えている。そうだ、俺を探そう。いつものあそこにいるはずだ。

未来の俺がいた

俺の指定席、ゴール板正面の階段。25年後の俺はそこに座っていた。まだハゲていない。安心した。

「又山さんですね。」『ああ、そやけど。』

顔を上げ、俺を見た瞬間、俺が自分であることを理解したようだ。

『お、お前は…』「そうです、25年前のあなたですよ。」
『金貸してくれ!』「なんでやねん。」

相変わらず負け続けているようだ。とりあえず、俺はハリボテの件を聞いてみた。

『あれは10年前、ある騎手が競馬界に噛みついたことから始まった。そいつはこう言った。俺だっていい馬に乗りたい。不公平だ!とな。』
「まあ、気持ちは分からないでもないね。」

『昔からよくある話で、言っているほうも本当はどうしようもないことは分かっているのだが、まあ、ガス抜きみたいなもんだ。』
「そやな。俺の時代もそうやって吠えている騎手はいたよ。」

『しかし、その時は違った。時の首相、小泉金次郎はそれを真に受けてしまい、不公平は解消されたんや。』
「どうやって?くじでも引いて乗る馬を決めるとか?」

『違う。みんな同じ馬に乗せたんや。』
「は?同じ馬?」

馬と騎手は・・・

『クローンや。クローン馬を作って同じ馬でレースをしたんや。クローンの技術が確立され、それを世界に誇示する狙いもあったと言われとる。』
「もう競馬の意味ないやん。」

『騎手にとっては、はっきりと腕が出るから、不公平感は無くなった。』
「それは、そやけど。」

『ファンにも意外と好評だった。騎手だけ見ればいいから予想も楽やからな。世の中年寄りだらけやからの。』
「競馬なんて予想が一番面白いんだと思うけどなぁ・・・」

『しかし、今度は調教師と馬主から文句が出た。不公平だ、同じ騎手を乗せたいとな。』
「そっちはクローンっちゅう訳にもいかんやろ。」

『そりゃ、そうや。人間のクローンは今でもなお許されておらん。』
「じゃあ、どうすんのさ。」

『アンドロイドや。人間の形をしたアンドロイド騎手を乗せたんや。』
「騎手も同じにしてレースするんか。人間の騎手は用無しやがな。」

『そうや、しかし馬の時にワガママを言ったこともあって、騎手たちもそれを呑まざるを得なくなったんや。』
「自分らも同じようなことをしてきたからね。それで騎手はどうなったん。」

ムチ注入!

『調教師になったり、解説者になったり、一部は予想屋になったり色々や。芸人になったのもおる。ジョッキー川田とかな。「ムチ注入!」言うとるわ。』
「自業自得やな。」

『これでまた予想は楽になった。もう、サイコロと同じやがな。』
「もう競馬ちゃうやん。それに、走らせる意味あるんかいな。」

『まあ、調教の差やな。しかし、それも直ぐに解消された。』
「いやいや、解消って。もう方向性がおかしなっとるがな。」

『調教はAIがやることになった。これでもう不公平は完全に無くなった。ただ、この時点で馬を走らせる意味がほとんど無くなってる事にみんな気づいたんや。』
「そりゃ、そうやろ。っていうか、どうなってんねん。」

『それで、小泉首相の「合理化4.0」政策により、馬はハリボテになったんや。』
「それが今っちゅう訳やな。」

『いや、それは去年まで。今はハリボテや無くて、あれ、ホログラムやねん。』
「あれ。画像なんか。もう、ゲームやがな。なんでホログラムでハリボテやねん。」

『まあ、それはええがな。とりあえず、次のレース買うから、金貸してや。』
「しゃあない、ほな1,000円出すから、一緒に買うか。」

たったの25年で酷い変わりようだ。こりゃ、もう競馬では無い。過去に戻ったら本当の競馬を腹の底から楽しもう。

競馬は楽し

『さあ、ゲートインやで。このレースは3-7で間違いない。』
「いや、こんなん宝くじと一緒で間違いないもくそもあるかいな。」

『いやいや、今日は朝から3と7だけが出てへんからな、ここは絶対くる。』
「結局、最後は出目かいな。」

馬券も単勝・複勝と枠連の3つに減っているらしい。これも高齢化の波によせられたか。

『アッ!2番がゲートくぐって逸走しとる。ワシは買うてないからええけどな。』
「何が逸走やねん。しょーもない演出やな。」

『よっしゃ!3も7もええスタートや。』
「そやね。いやいや、これ映像やから。どないでもなるやん。」

4コーナーを回って最後の直線だが、3も7も、もう脚が無いように見える。絵やけど。

馬物語

『こいっ!馬群!』
「馬群?」

『キターーーっ!馬群や!』
「ああ、海物語の魚群みたいなやつね。」

もう、どうでもええわ。3と7の馬に被さるように流れる馬群、キレイや・・・

『よしっ!3-7で決まりや。』
「まあ、良かったんかな。」

当たって喜んでる未来の俺と、競馬のあまりの変貌にガッカリしている過去の俺。そんなシュールな状況だったが、それもすぐに解消された。ふと気づくと元の2025年の京都競馬場の芝生に俺はいたからだ。

やはりサラブレッドは素晴らしい。馬券に勝っても負けてもレースは楽しい。25年後の競馬を思うと暗澹とするが、馬群だけは導入してほしいとちょっと思った。

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著者プロフィール
このブログの運営と記事作成をしています。

Diomed(ダイオメド)といいます。1969年生まれのおっさんです。
競馬や馬券のこと、その他ギャンブルにまつわる話を思いつくままに書いています。

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